もう二月に2015/02/01

雪の名残り
快晴に誘われて隣街まで出掛ける。
昨晩は土曜日の常で新聞のパズルで遊んでいて、軽くみてたらナンクロで引っかかった。
解けないと気になるタチだから時間喰い、でも解決するとスッとする。

寝るのが惜しくなってチョットだけってiPadに入れてる数独の(たいへん)を一つ、ベッドの中で遊ぶ。
1時間近くかかって解けて時計を見たら1月はとっくに終っていた。

後悔先に立たずの一年になりそう。
残る時間をもっと有意義に使うべしだ。

何時もより朝寝坊したけれど青空が気持ちが良く、風は冷たくても日射しが温かい。
久し振りにデパートの中の100円ストアと無印良品に寄って文具類や、半額になっている今年のカレンダー付き手帳を買う。

なんだか得した気分になって書店に寄って衝動買いをした。
個人の生き方のみにツイ興味が走る人間だけど世界の動向やその問題点は少しは知らないとと、
「新・戦争論 池上彰、佐藤優著 文春新書」を。
出来れば複数の本を讀みたいと思っている。

大きな書店の本の数々を見ていたらいろいろの分野の読みたい本がイッパイだ。
遊ぶことも悪くないと思ってるが程々にしよう。

まだまだ実験中2015/02/02

公園にて
昨日は日曜日で足せなかった用事のために今日も隣街に出かけた。
バス停で顔なじみの方々に出逢ってお喋りが弾む。
ここに来て10年、自分の居場所が出来た感じ。

重い買い物は昨日済ましたから、iPadをカメラの代わりに実験して見ようともってきたが適当な被写体がない。

結局バスで帰ってきてから公園に回り道して、木立を撮ってみる。デジカメと違って構えにくい。
カヴァーも邪魔だ。 何かコツがあるのかしら。

ま ともかく慣れる事が大事だろうと
何枚か撮ってみた。
折角いろいろ教えて頂いた事を忘れないうちに身につけてしまわないと、今日はまた実験です。
何とか画面のトリミング、画素数の縮小を思い出しながら。

常識が身につく迄まだ暫く勉強の必要有りだ。
こんな時につくづく老化を感じます。
ま ある意味で時間長者なのだから焦ることない。
遊ばせて貰おう。

(iPad送信)

今年の節分2015/02/03

今年の節分
今日は節分、まだ子どもだった昭和初期の節分の夜の情景がまざまざと目に浮かぶ。
父母も若かくて姉兄も子どもだったが、もう誰も居ない。

2011年のブログに想い出を書いているので引用する。
これ以上はもう覚えていないから。

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>節分の想い出  2011/02/03
昭和初期の住宅街では夜になると
 「鬼は外 福はうち~」
の男性の掛け声が方々から聞こえて来て、雨戸を開けて庭に向かって豆を撒いている情景が伝わって来た。

我が家でも節分の日は母とお手伝いさんが二間続きのお座敷の襖をはずして、畳を丁寧に拭き清めていた。
日が暮れて次の間に家族が座って待っていると、着物姿の父が丸いお盆を抱えて上の間に入場して、おもむろに
「福は~ うちぃ~」
と芝居がかって お盆の豆を子供の方に撒く。

煎った大豆だけじゃなくてミカンやキャラメルや他のお菓子もあって、子ども達は袋を持って待ち構え拾った。

私はまだ幼かったからお手伝いさんが一生懸命手伝ってくれた。
お手伝いさんと言っても高等小学校でたばかりのお姉さんだ。
どうして自分の分を取らないの? と後でムリに上げた覚えがある。 
いつも可愛がってくれる大事なお姉さんだった。

お菓子を撒き終わった後は雨戸を1枚開けて暗い庭に向かって
「鬼は~そとぉ」
と2~3回撒いて終わりだった。
末っ子の私が小学2年くらいになるとこの行事も終ったように思う。
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今 読み返して懐かしかった。
阪神間の新興住宅街で、土地に根ざしたお祭りや行事は殆ど無かったけれど節分の豆撒きだけは特別だった。
前日には大豆を大きな焙烙で煎っていたのを思い出す。

さて、私独りの節分はセブンイレブンの前で売り出していた恵方巻きの一番小さなのを1本だけ。 去年の鬼のお面と一緒に写真を撮る。
平和が身に沁みます。

そろそろお昼です。

立春の日に2015/02/04

脇道で
今日は朝から右往左往。
思い立って何時もは行かない方向のバスに乗り、用事を済ませて帰ろうとしたらバスが後1時間くらい来ない。

ただ待つのもツマラナイから歩いて帰ることにした。
まだ昔の山野の面影が有って、夫がいた頃は車で時々走ったところだ。

途中に、夫が病気になる前に一緒によく通ったゴルフ練習所が変ってなくて、その頃のことを懐かしく思い出した。
私は一向に上達しなかったけれど、それなりに楽しかったな。

山陰げは雪が凍り付いてて、転ばないように必死だった。
やっと見覚えの有る建物が見えて来てホッとして歩数計を見ると6000歩足らずでちょっと期待はずれ。

歩きついでにリハビリに寄って1時間程、身体をほぐしていただいた。
私の筋肉痛は積極的に動かした方いいと専門の先生に指導頂いたばかりで安心して歩けたけれど明日は雪らしい。

でも今日は立春、桜並木に心なしかちょっとだけ色を感じる。
添付写真は山陰げのハトが可愛くて。
都会の鳩より活き活きして見えた。

雪が2015/02/05

細雪が
昨日の青空と打って変わって、目が覚めて外を見るとグレーの世界、みぞれ混じりの細かい雪が降っている。
何だか気持ちまでグレーに染まりそう。

今夜、冷えて本格的な雪のなれば明日は輝く銀世界が見られるかな。
樹々の細かい枝に雪が積もった情景が楽しみだ。

育った阪神間はでは、少しでも雪が降ると珍しくて泥だらけの雪だるまを作ったり、校庭で雪合戦を楽しんだものだ。

京都の学校に行ってからは、北の方に住んでいた伯母の家を訪ねると常に粉雪が舞っていて底冷えが応えた。

その頃、疎開した琵琶湖のほとりも冬は比叡おろしの冷たい風に雪が混じっていて寒い。
でも見上げると「比良の暮雪」が美しかった。

スキーなるものを初めて経験したのも、疎開先でだった。
終戦後卒業してぶらぶらしていた時に母の知人がアルバイトを世話してくださって、男の子と二人でアンケートを取ったりしてたらその子がスキーに誘ってくれた。

親代わりの兄は「二人で行くのは考えた方が〜」と一応言ったが気にすることもなく浜大津を夜出る船に乗って大勢の乗客と広い部屋に雑魚寝して、夜が開けたらマキノに着いていた。

甲板に出てマキノの雪山を見た時は美しさに本当に感動した。
終戦後、まだ余裕の無かった時代にスキーに来る人は限られていて、何の痕も着いてない真っ白な斜面を滑る快感に酔ったな。
私は転んでは穴だらけにしたのだけど。

結婚してから夫の会社の方々のお供をして何度かスキーを楽しませて貰った。
その内ゆっくり想い出話を書きたい。

明日はアトリエの日だけど今夜降り積もったら行くのはムリかも。
先週、思い切って行って仕上げられて良かった。