行方不明の高齢者2010/08/11

夏の思い出
隣り街に用事があってバス停に行くと友人に会った。一緒に待ってた4〜5人の方達も皆さん同年輩だ。
親しくお喋りしてるから友人に聞くとバス停お仲間だとのこと。
この暑いのに元気だ。
バスの中で、100歳以上の方の行方不明の話題になった。
今朝はテレビで識者が、100歳未満の高齢者も問題だと言ってるのを聞いて他人事ではなくなった感じだ。
なんらかの行政の対策が必要なのは判るし、いろんなケースがあるのだろうが本人の首実検の様な事は情けない。

高齢者の外出の主な目的は医院に通う事だ。
私の知人は皆、定期的にホームドクターか病院のお世話になっている。 医療保険でだから関係機関には判っている筈だ。
そういう記録から本人生存確認が出来ると思う。
それで確認出来ない人だけを調べて欲しい。
なんてことを話しているうちにバスは目的地についてしまった。
整形医院に行く友人と「またね!」と手を振って別れた。

こういう問題がテレビで論じられる時、高齢者は弱者という目線を感じるのは僻みだろうか?
若いときから年金を収めて来たのは将来の自分たちのためと思っていたが、何時の間にか次世代の年金積み立てが我々の為に使われる制度になっていた。 私たちが収めて来た年金は誰のものになったのだろう。おそらく多くのハコものに化したのだろうか。
かつて役所に行った時に職員から「あなた達の年金は若い方達が払っているのですよ」と言われて感謝より屈辱を感じた事を思い出した。
敬老なんて言って欲しくない。 
ただ同じ人間として年齢にかかわり無く個々の事情として受け止め人格をお互い尊重しながら助け合う社会で有って欲しい。
テレビを見てチョット感情的な感想です。