掃除機を ― 2019/11/27
ここに越して来た時に、洗濯機や冷蔵庫などなどの電化誠意品は、独身用の小さなのを新調した。
でも掃除機は場所も取るし、簡単なフローリングワイパーで紙を取替えれば充分と考えたけれど、汚しやの自分の性格を考えてなかったな。
遅まきながら先日、友人に教えて貰った掃除機を近所の電器店に見に行く。
幸いその機種が有って大きさも、これなら置けそう。
リーズナブルで真っ白なのも気に入って、珍しく即購入して持ち帰った。
説明書を見ながらセットして、使ってみたら小さくても、サッとゴミや埃を吸ってくれて嬉しい。
作動時間は10分だが、それで間に合いそうだ。
まったくう 独身の若い頃に還った気分になって、教えてくれた友人に感謝です。
でも掃除機は場所も取るし、簡単なフローリングワイパーで紙を取替えれば充分と考えたけれど、汚しやの自分の性格を考えてなかったな。
遅まきながら先日、友人に教えて貰った掃除機を近所の電器店に見に行く。
幸いその機種が有って大きさも、これなら置けそう。
リーズナブルで真っ白なのも気に入って、珍しく即購入して持ち帰った。
説明書を見ながらセットして、使ってみたら小さくても、サッとゴミや埃を吸ってくれて嬉しい。
作動時間は10分だが、それで間に合いそうだ。
まったくう 独身の若い頃に還った気分になって、教えてくれた友人に感謝です。
老化対策 ― 2019/11/26
今月から始めた習慣。
朝、食卓に向かうと先ず日誌を広げて今日の日付と、天気のイラストを。
右側にに今日の予定を鉛筆でメモする。
その日の来訪、外出、出来事は、後で色別にして本文に。
就寝前に、歩数計の絵を描いて数字を。
頭が悪くなったのを自覚して思い付きで始めたが、イラストと色別でパラパラと見返すとパッと思い出せてチョッと安心する。
まったくう 家族でこんなに長生きしてるのは私だけだから、身じかにお手本が無くて。
あっ 親友にに立派な先輩が居られるけれど不精者の私にはマネ出来ないです。
今週中は病院の予約も無いから、取り敢えず持ってきた書類、ノート類の整理をしてスッキリしたい。
そろそろ ブログにも新しいことが書けるように。
添付写真は昨日、少し遠いストアに行った帰りに見かけた山茶花。
懐かしい童謡の「たきび」の歌詞を思いだしました。
さざんか さざんか さいたみち 〜
朝、食卓に向かうと先ず日誌を広げて今日の日付と、天気のイラストを。
右側にに今日の予定を鉛筆でメモする。
その日の来訪、外出、出来事は、後で色別にして本文に。
就寝前に、歩数計の絵を描いて数字を。
頭が悪くなったのを自覚して思い付きで始めたが、イラストと色別でパラパラと見返すとパッと思い出せてチョッと安心する。
まったくう 家族でこんなに長生きしてるのは私だけだから、身じかにお手本が無くて。
あっ 親友にに立派な先輩が居られるけれど不精者の私にはマネ出来ないです。
今週中は病院の予約も無いから、取り敢えず持ってきた書類、ノート類の整理をしてスッキリしたい。
そろそろ ブログにも新しいことが書けるように。
添付写真は昨日、少し遠いストアに行った帰りに見かけた山茶花。
懐かしい童謡の「たきび」の歌詞を思いだしました。
さざんか さざんか さいたみち 〜
昭和に生まれて(6) ― 2019/11/24
ー暖房ー
子どもだった頃の家は寒かった。 エアコンも石油ストーブも知らないから冬は寒いのが当たり前と思っていた。
徒然草じゃないけれど日本家屋は夏涼しいようにの構造だから至って風通しが良い。(寒冷地は別だったと思う)
火鉢が主役だ。 茶の間の長火鉢は両親が向かい合って座る。木製で内側は銅板が張ってあり、灰の中に銅壷(どうこ)が設置され、中の湯でお酒のお燗が出来るように蓋がついていた。
説明するのが面倒になったので下手な絵を描いて添付する。
客間用の火鉢は大きくて山水の絵付けがしてあった。
手あぶり用は女性客用。
櫓炬燵は、中の素焼きの容器に真っ赤に熾した炭を埋めて、布団の裾に入れて暖めた。
小さな鉄製の足温器(正式名不詳)は、真っ赤になった炭が3個ほど入れられてて、子ども達が自分の部屋に持って上がり机の下に置いて足を乗せる。
子供部屋に暖房はそれしかないから、頭から毛布を被って本を読んでいた。
幼い時は、寝る時だけ姉兄妹が置き炬燵を真ん中に丁の字に布団を敷いて寝たが、私が小学生になった頃には、自分の部屋で独り寝るようになって湯たんぽを。
湯たんぽって、ブリキ製の亀の甲羅のような形で、熱湯を入れて厚い布製の袋で包み足元に入れて寝たものだけど、もう知らない方のほうが多いでしょうね。
それでも、戦争末期に女専の寮から、学徒動員で工場に通っていた頃は小さな火鉢だけが頼りで、その炭も貴重品だったから、幼かった頃を懐かしんだものだ。
その反動か、戦後に新しい暖房器具が発売されると無理しても〜。
石油ストーブに感激したりして。
添付絵は、ブログを始めた年に古い記憶を辿って描いものです。
子どもだった頃の家は寒かった。 エアコンも石油ストーブも知らないから冬は寒いのが当たり前と思っていた。
徒然草じゃないけれど日本家屋は夏涼しいようにの構造だから至って風通しが良い。(寒冷地は別だったと思う)
火鉢が主役だ。 茶の間の長火鉢は両親が向かい合って座る。木製で内側は銅板が張ってあり、灰の中に銅壷(どうこ)が設置され、中の湯でお酒のお燗が出来るように蓋がついていた。
説明するのが面倒になったので下手な絵を描いて添付する。
客間用の火鉢は大きくて山水の絵付けがしてあった。
手あぶり用は女性客用。
櫓炬燵は、中の素焼きの容器に真っ赤に熾した炭を埋めて、布団の裾に入れて暖めた。
小さな鉄製の足温器(正式名不詳)は、真っ赤になった炭が3個ほど入れられてて、子ども達が自分の部屋に持って上がり机の下に置いて足を乗せる。
子供部屋に暖房はそれしかないから、頭から毛布を被って本を読んでいた。
幼い時は、寝る時だけ姉兄妹が置き炬燵を真ん中に丁の字に布団を敷いて寝たが、私が小学生になった頃には、自分の部屋で独り寝るようになって湯たんぽを。
湯たんぽって、ブリキ製の亀の甲羅のような形で、熱湯を入れて厚い布製の袋で包み足元に入れて寝たものだけど、もう知らない方のほうが多いでしょうね。
それでも、戦争末期に女専の寮から、学徒動員で工場に通っていた頃は小さな火鉢だけが頼りで、その炭も貴重品だったから、幼かった頃を懐かしんだものだ。
その反動か、戦後に新しい暖房器具が発売されると無理しても〜。
石油ストーブに感激したりして。
添付絵は、ブログを始めた年に古い記憶を辿って描いものです。






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