自律神経失調症2012/05/19

風車(クレマチス)
月に一度の診察と何時ものお薬を処方して戴きに近所のクリニックに行く。
今日も待合室は満員だった。

長くかかった風邪もやっと治ったようで血圧も正常、
「ただ ともかく だるくて眠いです」
「5月ですからね。 それに自律神経失調気味かもね」
何だか納得って感じで早々に辞した。

久しぶりにこの名前を聞いた。
結婚してから随分悩まされ家族にも迷惑をかけたな。
目眩、動悸、息切れ、胸が痛んで苦しい。
それが度重なると怖くて外出できない。
殆ど寝たきりになった時期もあったが死ぬ気になって克服した。
家族がいたから立ち直れたのだと思う。
傍目からは我が侭な人間に見えるだろうけれど、あの頃の苦しさを思い出すとそういう方に同情してしまう。
転地して環境が変わったのも幸いして、その後もなり易い体質は残っているがたいしたことはない。
今日、その言葉を聞いてかえって安心した。 
帰ってからネットで調べたらいろんな記事が出ていて便利な世の中になったと思う。

帰宅途中で目にした近所のお宅の垣根のクレマチスが満開で可憐!
鉄線と思って帰ってからネットで調べたら
花びらが 6枚ものは「鉄線」(てっせん)中国原産
     8枚ものは「風車」(かざぐるま)日本原産
 5月19日、6月19日の誕生花で
 花言葉は「精神的な美しさ、旅人の喜び」

昔の本2012/05/18

池(五月のスケッチ会で)
今日は昔のお仲間達はスケッチ会だとか。
お天気の急変が有りそうな予報に心配だったが無事そう。
楽しかったなと元気に参加できた頃が懐かしい。

予定のない日は朝から眠くてうだうだしているちに、もう夕方だ。
先日戦前の岩波文庫を探し出して懐かしかったので書棚をまた漁った。
引っ越しした時に処分するに忍びなかった汚れた本が何冊か有る。
「感覚の世界」ブッデンブロック著 創元科学叢書
最後の頁にS.18と私のサインが。
定価弐圓参拾銭の本を思い切って買った喜びが溢れてるようだ。
女学校の4年生になったばかりだったな。

家に世界文学全集が有って小学生の頃から讀んでいると恋愛なんて感情は理解出来ず鬱陶しくて昆虫や科学の本に惹かれていった。
自分で初めて買った科学本は
「ロウソクの科学 」ファラデー著 岩波文庫
薄い本だったが子ども向けの本で本当に面白かった。
「化学の学校」というのも有ったかな。
いろいろ買ったけどハードカヴァはなかなか手が届かなかった。
あの頃の子どもって親にねだることはあまり無かったように思う。

「感覚の世界」の表紙を見てアレッと思ったのは題名が戦後と同じに左から右に向けて書かれてることだった。
奥付きを見ると昭和十八年四月十五日発行とある。
それにしても今拾い読みして感じるのは、古い!
電波が伝える機器はラジオしか書かれていない。
懐かしくは有るが複雑な心境だ。
文学に描かれている感情はあまり変っていないのだろうに。
しかし科学には新しい発見、研究の成果を聞く楽しみがある。
どうも私は文学には向いていないようだ。

行きずりに2012/05/17

紫蘭咲き乱れて五月
今日も眼鏡店に行く。
例によって早めにバス停に着き、年配の女性と話し友達になった。
彼女が
「もうすぐ大台に乗るから疲れて・・・」
「大台って?」
「80歳のこと」
「えっ 私は85歳に。 お宅お若くて羨ましいですよ」
何か誕生日迎えてから自慢しているみたい。
お世辞でも「お若く見えますね」と言って貰ったりして。

それから腰の骨折で入院し、退院後も長期間ギブスをはめていた話を伺った。
骨密度は実年齢より20歳若いと診断されていたのに、何の前触れもなく寝ている間に激痛で起き上がれなくなったとのことに驚いた。
不眠症で安定剤を寝しなに飲んでいたのが悪かったと医師に言われたそうで、それ以来催眠剤も安定剤も一切飲まないと。
寝てる間にベッドの上で骨折する話は聞いていたけれどずっと高齢か骨が脆くなってる方だと思いこんでいた。
参考になった。

隣街に着くまでバスの中でも話が弾み、お互い数独に凝っててパズル大好き人間であることも判り笑顔で別れる。

眼鏡店ではまた時間をかけて検査してもらい、更に詳しい説明を聞いて納得して、やっと決めることが出来た。
ベテランの方に出会えて良かった。
最後に決済をしながら下のケースに収められたフレームの価格を見て思わず
「凄いですねぇ」
「今 この手のが結構出るのですよ。 一生ものとか仰って」
無造作に取り出して掛けさせてくれた。
鏡を見ると眼鏡ばかりがキラキラ光ってて笑ってしまう。
「私など 一生、手がでないですよ」
50万近い値札に緊張して返却した。
宝石ならともかく私にはそういうのを掛けてる方を見ても気が付かないだろうな。

一週間後に受け取りに行く約束をしてホッとする。
帰宅したら結構疲れがでた。

眼鏡新調2012/05/16

石南花躑躅
白内障の手術を受けてから半年以上経つ。
先日やっと眼科クリニックで遠近両用眼鏡の処方箋を作って戴き、それを持って眼鏡店に今日行って来た。
眼がなかなか安定しなかったのと風邪が長引いて遅くなった。

新しいフレームを選ぶ相談をしたくて家人に付き添ってもらう。
馴染みの眼鏡店でレンズを重ねて処方箋通りの眼鏡を作り試したが、どうもしっくりしない。
二重に見えたりぼ〜っとしている。
また眼の状態が変わったようだ。
仕方なく新たに検眼をして貰ったが、また変化するかも知れない。
もう一度だけ日を改めて検査してもらうことにした。

フレームだけはアドバイスして貰いたいから今日決めてしまうことにする。
今日のお店の方は年配の男性で初めて会ったのだが検眼の結果の説明も納得できたし、レンズの種類についても信頼できそうだ。
フレームもお洒落なのを幾種類か選んでくれてその中で
「これが似合うと思う」と家人が薦めてくれたのに決めた。
やっぱり一緒に来て貰って良かった。 

後は私一人で来て事が済む。
もう一回念のため検眼して貰ったら、もうそれで決めよう。
あと 十日くらいかな、出来上がるのが楽しみだ。

岩波文庫の想い出2012/05/15

想い出
病気をしてから幼い頃のことをよく思い出すようになった。
そういう時に脳裏に浮かぶのが
「はるかな國 とほい昔」ハドスン著 壽丘しず譯 岩波文庫
の最初の書き出しだ。

自叙伝を書いてみようなどという心組は更々なく思い出すことはもう既に書いたと思っていたのに、重病になって寝込んだ時にふと幼年時代の追憶がかつて覚えたことがないほど、生き生きと蘇り夢中になって書いたのがこの本だと記されている。

私がこの本を買ったのは女学校3年生の頃だったと思う。
題名から想像するような甘く美しい想い出ではなく苛酷な事柄が多かったが子どもだった私には老年になってこういうことを書く心境ってどんな感じなのだろうと興味があった。

パソコン机の脇の書棚から手に取ったこの本は後に買ったものだ。
最初の本は旧制の高校に進学した兄が珍しく私に手紙で「この本が英語のテキストになっているから送って欲しい」と言って来たので喜んで郵送した。
今あるのは昭和二十九年発行の第十一刷だ。
古本屋で懐かしくて買ったのだろう、恐ろしく黄ばんでいる。
まだ岩波文庫特有の星マークがついていて
 昭和二十五年一月設定 ★一つ参拾圓
 昭和二十六年六月設定 ★一つ四拾圓
この本は★★★★で百六拾圓だ。
子どもの頃はこの★が二十銭だったと記憶している。
だから二圓のお小遣いで岩波文庫なら何冊か買えた。

戦後の出版だから題名は左から右に向けて書かれている。
戦前は横書きの題名は右から左へだった。
ちょっと捜してみたら
 「荒野に生まれて(白い牙)」ジャック・ロンドン
 「ジャングル ブック」キップリング
 「新アラビア夜話」スティーヴンスン
 「ガリヴァの航海」上下 スウィフト
 「イエス」 ブッセ
などなど戦前の本が。 写すにも骨が折れる。

日曜学校の帰りに隣街の大きな書店で岩波文庫の書棚を1時間くらい隈無く眺めてやっと一冊選んで買った頃の嬉しさが蘇るからぼろぼろになっても捨てられない。

絵画教室2012/05/14

金閣寺
絵の教室の日だが朝起きるまで迷っていた。
風邪が治り切らないのにぶり返しては困るな、でも何時までも愚図愚図していてもつまらない。
青空を見ると行く気になって慌てて用意をする。

前回、先生に
「今度は写真を基にして油絵を描きます」
と申し上げたので急遽写真を捜したが適当なのが無い。
本当は写真を見て描きたくないのだが適当なモチーフが浮かばないから仕方がない。
旅行の想い出に金閣寺と琵琶湖の写真を選んだ。

先生は一目見て
「面白くないですね。 構図も良くないし」
「そうですよね。 でも金閣寺には想い出が有りますので」
私だって ステキなモチーフで描きたい。
先生がパソコンで大きく引き延ばして下さったのでもう変更は出来ない。

まったく我が侭な生徒だ。
先生も最近は飲み込んで勝手に描いているのを見守ってくださる。
2年ぶりくらいの油絵の具の感触が懐かしい。
だが 何か違和感が有る。 絵の具のノリが悪くてペインティングナイフに切り替えた。
イメージに近づいてくれない焦燥感。
「こんな筈じゃなかったのに」

ま 何枚か描いているうちに慣れてくるだろう。
以前だって毎回悩んでいたのだもの。
風邪が心配だったが却って元気がでたようだ。
思うように描けなくても矢張り楽しい時間だった。

この写真をもとにして描いているにだが次回どのような絵に仕上がるだろうか?

母の日に2012/05/13

母の日に
素敵なカードが送られてきた。
先週の日曜日は私の誕生日、そして今日は「母の日」。
母という言葉から離れて久しいが素敵なカードにこめられた温かさが伝わって来てじ〜んとしてしまう。

私が子どもだった頃には「母の日」って聞いたかしら。
教会の日曜学校に通っていたときに花をいっぱい抱えて独り暮らしの年配の女性の家を巡ったのは5月頃だったかも。
でも「母の日」って感じではなかった。
親に誕生日を祝ってもらったが子どもからは何もしなかったな。

戦後になって欧米の風習が日本にも根付いてきたが、母にも義母にも感謝の気持ちを「母の日」に形にすることは無かった。
生活と育児で頭がイッパイだったのもあるが照れくさかった。
何もしないうちに二人とも亡くなってしまって後悔している。

母の喜ぶことを沢山したかった。
せめて話相手になって苦労話も聞けばよかったのに自分の薄情さを責める。
母達は幸せだったよと言ってくれそうだけど、最後まで甘えていたなと思うことは多い。
それにしても早過ぎたよ、亡くなるのが。
今は長生きしていることが社会問題でもあるので複雑な気分でもあるけれど、せめてあと20年くらい生きててくれたら親孝行も少しは出来ただろうに。

終戦後の日々2012/05/12

戴いた花を
まだ少し風邪の症状が残っているので医院に行くと待合室はいっぱいだった。
自力で治した方が良いのだろうけれど矢張り用心してしまう。

朝の連ドラ「梅ちゃん先生」見る度にあの頃のことを思い出して女専のクラスメートとお喋りして記憶を確かめたくなるが、よく電話していた親友と連絡が取れなくなって2年あまり経ってしまった。
戦災に遭った東京と焼けなかった街とでは随分事情は違ったと思う。
社交ダンスが流行ったのは戦後3〜4年して私が結婚した頃だったが生活が大変でそれどころじゃなかったな。

在学中に夢中になったのは「劇研」だった。
大学生がサークルを作り女専にも誘いがかかって、親友がそういうの大好きで引きずられて入った。
私には絶対無理だと解っていたけれど面白かった。
最初に手がけたのはゴーリキーの「どん底」で昔讀んではいたが公演することになって真剣に暗記するくらい読み込んだ。 
稽古には熱が入ってホンキでぶつかりあう。 照明などの手伝いをしながらこちらも興奮するくらい素敵な体験だった。
公会堂を借りての公演には大学生だった兄も友人を連れて観に来てくれた。
私は裏方の手伝いをしていただけだが演出助手と書いてくれていて嬉しかった。
その後、学校から大学生との共演禁止と告げられて終ってしまったが短期間でもあの純粋だった熱気を経験出来て良かったと思っている。

演劇好きの親友のお陰で私たちのグループは歌舞伎にも熱中して天井桟敷に通い詰めた。
文楽、それに洋画、政治家の講演会、社研、解禁された様々の本を齧って語り合ったのが青春だった。
男女の感情には皆疎かったな。

お洒落にも縁遠かったが終戦後一年半の学園生活は本当に楽しかった。 学校の講義だって真面目に受けてたし。
工場での労働の日々を経験して勉強出来ることの幸せを痛感していたから。

閑話2012/05/11

鈴蘭
久しぶりの五月晴れ、朝一番にパソコン覗いて嬉しい発見もあり浮き立つ気持ちになって散歩に出掛けた。
公園の緑が濃くなりつつじ、石南花が満開で華やかだ。

鈴蘭がひっそり咲いているのを見つけた時は嬉しかったな。
花はどれをみても美しいと眺めて絵に描くときは華やかな薔薇や力強い向日葵などに惹かれるが、好きなのは目立たない所にひっそり咲いている小さな花々だ。
幼いときからの自分と重ねる思いがあるのかも。

少し歩いただけなのに疲れて身体がなまっているなと感じる。
無理しない程度に毎日歩かなくては駄目だなあ。
体力回復しようと多めに食事を摂取していたら覿面にリバウンドして最近は体重計に乗るのが怖い。
必要に迫られて買った衣服も合わなくなってきて不経済な話だ。
以前のが着られるまでには戻っていないから中途半端なのだ。
ま 折角痩せられたのだからこれ以上は絶対増やしたくない。

詰まらない話になってしまった。
午後は何か実のあることをしよう。

スケッチ2012/05/10

五月のスケッチ(アクリル)
五月晴れには程遠い不安定な天候が続いている。
今日も予報通り雷がなりだした。
午前中に買い物に行って来て正解だったな。

前のアトリエに通っている頃は春秋のスケッチ会が楽しみだった。
捜したら何年か前の新緑を描いた絵が出て来て懐かしい。
アクリル絵の具を持って行って直ぐに乾燥して描き難かったのは誤算で苦労したことを思い出す。

先日の友人の電話では今月も行くそうだ。
はやく参加させて貰えるようになりたい。
一人でこつこつ描くなんて私には無理だとつくづく思うようになった。

絵を描き始めた頃は縁側から見える海や対岸の景色、庭の何気ない草木や花々をスケッチするのが楽しみで夢中になっていた。
古い家で汚れることも気にしなくて良かったからかな。

暫く病気で描くことから離れて迷いがでてきたようだ。
ほんとうに自分が描きたい絵はどんな絵なのだろう?
自分が好きだなあ って思えるものを描けるようになりたい。
一生無理かも。
でも 描き続けていれば方向が見えてくるような気もする。