少しずつ2012/02/11

春告鳥
絵画教室に通えるかまだ自信は無いのだけど一応準備を始めたが、困ったことに絵の具や筆、画布や画紙のロールは有っても肝心の適当な大きさのカンバス枠が見つからない。
やっぱり最初から油彩は無理かも。
諦めてアクリルか水彩にしよう。
パネルに紙を水張りすることにした。
2年振りくらいかな。 やろうとして正確なことを忘れてるのに慌てた。
病気すると記憶が中断するみたいだ。
ネットで調べて思い出し、やっているうちに懐かしい感触が蘇えってきてホッとする。

出来上がった所で無性にアトリエの友達と話がしたくなって電話した。
偶然同じ頃に彼女も病気して気になっていたが元気そうな声が返って来て嬉しかった。
現状の交換、お互いアトリエに通えるようになるにはもう少し掛かりそうだけど頑張ろうねと励ましてもらう。

寒くて暗くてウツになりそうだった気分が新しいパネルと懐かしい友人の声で明るくなった。

ふっと2012/02/10

2月の空
先日、時間待ちでゆっくり書店の本棚を眺める機会が有った。
こうやって隅から隅までよく眺めたっけと昔が懐かしい。
若い時はあまり気が付かなかった「老い」に関連する題名が多いと感じたのは高齢社会の反映か、私自身のせいなのか。
死生観を問われている気がする。

ここ1〜2年、話題になったこの類いの本をよく読んだ。
教えられたり共感もあったが最後は自分は自分、独り考えるより仕方がない。
この日もその道の方々との対談集を買って読み終わって、何となくもういいかって気持ちになった。
解ったとか気持ちの整理がついたというより考えて解ることじゃないことを悟ったという心境かな。
しかし讀ませて貰ったから得心したってこともあって良かったと思っている。

今は昨日絵画教室で見た古いピエロの人形が頭から離れない。
油彩、それともアクリルで・・。
ホームセンターで大きな道具箱も買って来た。

絵画教室2012/02/09

息吹
久しぶりの青空に誘われて外に出たが何処に行こうかと迷って思い付いたのがカルチャーセンターだ。
一昨年まで通っていたアトリエの先生に教えて戴きたいがまだ当分無理そう。 でも絵は描きたい。
近くの絵画教室でお仲間に入れて戴こうかなと最近考えていた。
少し遠いので逡巡していたけど今日は試しに歩いてみよう。

行ける所までと思っていたのに何とか目的地に到着。
事務所でどういうお教室があるのか伺うと水彩、水墨画、デッサン、油彩などあって今日の午後には油彩の先生が見えるとのことで心が揺れた。
それまで2時間余り有るので近くのショッピングセンターで買い物と軽食をとる。
そのあと廊下でガラス越しに社交ダンスのレッスンを眺めて時間をつぶした。
隣に座った方に
「あの方、大正生まれの方よ」
と伺って驚き!  優雅に踊っていらした。

やっと時間になって教室に入って先生にお話を伺う。
「油彩、アクリル、版画 何でもいいですよ」
何と生徒さんはお一人だけで大分遅れていらした。
「折角ですから描いてみませんか?」
画紙も筆も墨も色鉛筆も用意して下さって教えて戴きながら描いたのが添付した絵。
抽象画は初めての経験だった。
何もかもが楽しくて来週から通うことにしたがチョッと不安でもある。
お昼までに帰宅するつもりが4時過ぎになって流石疲れた。
続けられるといいのだけど。
教室で絵を描いてる時は何もかも忘れてただ楽しい。

白内障その後3 眼鏡2012/02/07

花と人形
白内障の手術をして3ヶ月余り、まだ目の違和感は消えないが以前の合わない眼鏡を使って読書しているせいかもと考えて新調することにした。
新しいフレームを選ぶのも楽しみで相談に乗って欲しくて家人に付き合って貰う。
念のために古い眼鏡も3点ほど持っ行った。

検眼してもらうと
「まだ安定していないみたいですから取りあえず読書用の老眼鏡を作られたら・・・」
やっぱり と不安がよぎるけど待つより仕方ないかな。
手元用だったらお洒落することもないかと持参したフレームを見てもらった。
「随分いいものですね」
ブランドものを意識して買ったことはないし無知なのに結構イイもの買っていたんだと驚いた。
私の持ち物なんて気に入ったものとその時の懐事情によるから玉石混淆である。
そう言われると新しいのを買う気が失せてレンズだけ嵌め替えて一仕事済んだ。
ここに移って来てからずっとの世話になっている眼鏡店は商売抜きに親切にしてくださる。
忙しいのに付き合って貰った家人には申し訳なかったが意見を聞いて心丈夫だった。
何でも独りで決めて来たのにとチョッと老いを自覚する。

これで安心して読書が出来そうだ。

閑話2012/02/05

モミジバフウの実
モミジバフウ(紅葉楓)の実がまだ鈴生りだ。 
透き通った冬の青空にくっきり映えている。
地面に落ちているのを拾ってしげしげと眺めると矢鱈とトゲトゲしていて微笑ましくなる。
まるで私の若い時みたいじゃん。
男女同権! なんて議論ばっかりしていた。
敗戦後、これまでの権威が失墜したなかで学生が一番元気があったように思う。
今考えれば幼稚だったけれどそれまでの無知を取り返したくて新しく出版される本を並んで買い社研などで討論しあったものだ。
街は闇市と猥雑なモノと知的なモノとが混在して妙な活気が漲っていた。
触ると痛い様なモミジバフウの実を見ながら昔の自分を見てるようで愛しかった。
授業料とささやかだったが小遣いを送ってくれる親がいたから好きなことが言って居られたのだと今頃になって感謝する。
親の世代も大変だったが、あの頃の高齢者は一番気の毒だった。
価値観が一変して我々若者は何かに付けて「古い考え」ときめつけた覚えが有る。
今の若い人に比べれば未熟でただ矢鱈と何か解らないモノを捜し求めていた自分を思い出しちょっと懐かしい。

立春2012/02/04

梅の莟が
立春だ。
散歩途中の梅の樹をしげしげと見上げていたら1輪だけ白い莟を見つけて嬉しくてカメラを向けた。
でも遠くてなかなか焦点が定まらない。
案の定帰ってからパソコンで見たら肝心の所だけぼやけている。
ま いいか。 こんな感じの立春だもの。
次は早春満開の梅を撮りに行こう。

昨日からずっと「茨木のり子集 言の葉」を讀んでいる。
教えて貰って讀むキッカケになった
 「自分の感受性くらい」
最後のフレーズにぐっときた。

学生の頃は一応ワーズワスやテニスンの詩集を読み美しいと思ったがそれ以上には踏み込めなかった。
 私の耳は貝の殻
 海の響きを懐かしむ
時々ふっと思いだすこの詩がジャン・コクトーのだって最近読んだ本で再確認したくらい詩には疎い。

今度借りて来た3冊には詩のほかにエッセイの中で大岡信、谷川俊太郎、岸田衿子などのお名前が出ていて興味深かった。
読みかけの本が傍に有るって心が豊かになる。

「茨木のり子集 言の葉」を2012/02/03

雪遊び(粘土人形)
今日は節分 恵方巻きを買いに行った。
子どもの頃の関西ではこんな習慣は無かったが好物なのでお豆の方は省略しても毎年楽しんでいる。

出たついでに図書館に寄り讀みたかった茨木のり子の詩集を調べてもらうと3冊ヒットした。
「茨木のり子集 言の葉」筑摩書房  1〜3
嬉しかった。
3冊とも借りてずっしりと重いのを抱えて帰る。

お名前は知っていたがちゃんと讀むのは初めてだ。
1926年生まれで1歳しか違わないので時代背景も感じ方もすんなり流れ込んでくる。
後半のエッセイ「はたちが敗戦」に語られてることは私の体験と重なり、お父様が医師でいらして薬専に進学するようにという所もそっくりだった。私は空襲などを心配した父の配慮で実現しなかったものの親近感を持った。
彼女は薬剤師の資格を得ながら詩の世界に没入することになる。

選びぬかれた言葉の重みをずしっと感じつつも気持ちの良い旋律に乗せられて1冊目の詩は一気読みしてしまった。
もう一度 今度はゆっくり味わいながら讀もう。

詩は私には解らないと敬遠して来たが讀むキッカケを戴いて良かったと感謝しています。

10年前には2012/02/02

冬の日射しの中で
  小さな棘がチクリと刺さる
 それは 不満 意地悪 不正 怒り
 そんな日は 無心に花を愛でよう
   大きな海を眺めよう
  山の木々の緑に包まれよう
 人にすこ〜し優しいことをしてみよう

パソコンのなかを探っていたら10年前のこんな言葉が出て来た。
ホームページ作りに凝って雑誌のようにして遊んでいた頃だ。
表紙には 2002, 2月号 馬と花の絵の下にこの言葉が。
目次には今月の絵、読書日記 エッセイ などなど・・・
独り遊びだったが楽しかったな。

10年なんてあっという間に過ぎてしまう。
自分では何にも変化しないように思っていたが昔書いたモノをあらためて讀むと若かった。
未熟だったとも感受性が残っていたとも。
今はトゲがささることも無いし、人間関係でクヨクヨすることもない。
人との触れ合いが希薄になったのだろうか。

30年前は職場での人間関係にもみくちゃになっていた。
歳を重ねることで気付かぬままに変ってきた自分がいるのだろうかと改めて考えさせられた。

姉の想い出2012/02/01

姉に描いてもらった
連ドラの東京芸大を受験する話を観て姉のことを書きたくなった。
生きていれば3月には90歳だったが6年前に亡くなった。
小学生のころから近所の先生に絵を学んでいてその先生の紹介で本格的に油絵を始める。
最初はお弟子さんは若い男性ばかりで女の子は一人だけだったらしい。
女学校1年生の頃にはもう裸婦を描いていたようだ。
5年生のときに先生が属していらした二科展に初めて応募して入選し母と二人で東京に行き嬉しそうだった。
新聞記者が取材に見えたりして兄も私も浮き浮きしたものだ。

卒業すれば上野の美術学校に行きたいと姉は切望し、周囲も当然だと思っていたのに父が反対した。
女性も上級学校に進学すべきだと新しい考えの父だったが矢張り結婚が女性の幸せだと考えていたようだ。
それに戦争がどうなるか、東京に出すことも不安だったらしい。
先生も父に頼まれたのか後押ししてくれなかったと姉は口惜しそうだった。
結局地元の国文科に進学して父に谷崎潤一郎の「源氏物語」を買って貰ったりしてたけど今思うと惜しかったな。

翌年100号の子ども達が絵を描いている群像が入選したのが最後だった。
素敵だった義兄とお見合い結婚してからは殆ど絵筆を取ることはなかったのではないか。
お互い子ども達が巣立った後に電話でよく話し合ったが当時のことに触れると「上野に行きたかった」と沁みじみ述懐していた。
時代が悪かったし長女だから家出も出来なかったのだろう。
子どもや孫に恵まれた晩年の幸せを思うとどちらが良かったのか判らない。

私が結婚する時に鏡台の被いに絵を描いてくれたのが残っていた。
これしか姉を偲ぶよすがは無いので写真を撮ったが姉がいたら不本意だって怒るかな。
モダンで私は当時気に入っていたのだけど。

書店で2012/01/31

カニサボテン(シャコバサボテン?)
冷蔵庫が淋しくなったのでバスに乗って買い物に出掛けた。
先ず書店で先日友達から聞いた「ブツダの言葉」を捜す。
検索してもらったら何冊か有って迷っていると置いてある場所に案内してくださった。
う〜ん 色んなのが出てるのだ。
今一番評判という
「ブッダの言葉」小池竜之介編訳
をパラパラッと拾い読みしてそれに決めた。
その隣に積まれていた
「考えない練習」小池竜之介著 小学館
の題名に心惹かれてそれも買うことに。
まったく 詰まらないことを考えすぎる自分を持て余しているのだ。
仏教関係のそれも僧侶の方の書かれた本は馴染みが無いから少し抵抗は有るが興味も有る。
2冊で三千円ちょっとの出費だが本を買うのは心豊かになって嬉しかった。(この街には私の好きな古本屋さんがない)

帰宅して早速「考えない練習」を三分の一ほど讀む。
平易な文章で抵抗なく頭に入る。
ところどころ「なるほど」と目を開かされた箇所もあって教えられた。
少し自分を変えられたらいいな。
ゆっくり讀みたい。