反省2018/08/17

酷暑に用心して外出を控えていたが、久々の青空に誘われて恐る恐る近所まで用足しに出掛けた。
三日ほどなのに家に閉じこもってると覿面に脚に来る。
つくづく、身体も頭も使い続けなくてはダメと再確認。

路でバッタリ友人にも会えて嬉しい会話、新しい情報も頂けて昼過ぎに帰宅したら、宅配便の不在通知が郵便受けに入っていた。
珍しく家人も外出中で再配達の電話を掛けたが、自動音声の指示にまごついてしまう。

眼鏡の度が合わなくなってると独りグチりながら見直していると電話が切れる。
何回か掛け直して、ヤット無事終了。
自分の無能力さを自覚させられたなぁ。

貢献度はゼロに近くなっても、社会の一員としての責任は考えなくてはナンテ、柄にもなく神妙な気持ちに。

それにしても、このところの体調に自信が持てなくて今日のアトリエに行けなかったことが残念です。

添付写真は、路傍の至る所で見かけるネコジャラシ。
子どもの頃から何故か好きで日本画や水彩で描いたのが残っている。
ネコジャラシは俗称で「エノコログサ」が本名。
犬の尾に似てるからだそうだ。

懐かしい甲子園2018/08/16

今日も夏日、京都行きには未だ間があるけれど、熱中症などで倒れたら大変だから閉じこもり。
最近、歳を気するようになったなと苦笑する。
イヤ 親友はお歳上だけど元気に外出されてるから年齢では括れないと思う。

久し振りにTVに齧り付いて、懐かしい甲子園の高校野球大会を。
昔から馴染みの高校や、ここに住むようになって近くなった高校を応援してしまう。
でも勝敗に関係なく健闘している若い姿を観るのは嬉しい。

試合終了後、甲子園の土を手で集め袋に入れる映像を見ながら、
甲子園の土ってあんなに黒かったかしら?
と違和感を覚えて調べたら、ボールもよく見えるようになどと特別に取り寄せて混合した土とのことだった。

小学生の頃は、阪神間の合同運動会が毎年有ってリレーなどに出たクラスメイトを応援したし、女学校の時は鼓笛隊の行進などで場内を歩いた。
砂は阪神間の砂浜と同じ薄いベージュ色だったな。

想い出も蘇った一日。
でも明日のアトリエは、大事をとって残念ながら休ませて頂くことに。
まったく青春の日々が懐かしいです。

終戦の日2018/08/15

今日も暑い。
昭和20年の8月15日の正午もジリジリと太陽が照りつけ、アブラゼミがじーじーとやかましかった。

疎開を兼ねて、父が琵琶湖畔の病院に転勤していた。
土地の方の別宅をお借りしていたが、京都の町家と同じように細長くて、奥の離れ家に大阪から疎開されて来られた年配のご夫婦と親しく。

隣組から玉音放送の知らせが回って来たときに、
「何か判らへんけど、一緒に聞きましょう」
と誘われて、前庭に出してくださったラジオを囲んで暑い中威儀を正して聞いたが、雑音が酷くて何も解らなかった。

ご主人が
「よう判らへんけど、きばって頑張れってことですかな」
一緒に聞いていた姉だけが遠慮がちに
「戦争が終わったということみたいに〜」

それが真実と判ったのは、暫くしてまた隣組からのお知らせを聞いてだ。

18歳の少女だった私は、心の何処かでホッとして、それが後ろめたくて、その夜の日記に何と書いたのか。
後年、読み返そうとしたら3ページほどが引きちぎられていて、記憶にもなかった。

振り返ると大変な時代、父母に庇護されていたから何とか。

今日、古い写真の整理をしていて、夫の定年後の旅行で広島に行った時の写真に見入りました。
複雑です。
ただ モウ戦争は絶対に無くなって欲しい。
「過ちは二度と繰り返さないで」

嬉しかった休日2018/08/13

週末から少し離れた家人宅に泊まり込み、先ほど車で送って貰って帰宅。
このところ、歳をたてに両方の家人にスッカリ甘えている。

昨夜は久し振りに、全米プロ選手権の中継で、懐かしいタイガー・ ウッズの活躍ぶりに一緒に声援を。
ゴルフ好きだった夫と一緒にTVを観たころのことが懐かしく思い出された。

新しいラジオが欲しいと洩らしたら、すぐに専門店に連れて行ってくれてアレコレ一緒に選んでくれて、帰宅してから使い方を詳しく説明して貰う。
解れば簡単なことでも、チョットした用語で躓くのは時代の差と歳かな。

子どもの頃から中耳炎に悩まされて、耳より目に頼ることが多かったが先日、何かで耳からの情報を得ることの大切さを聞いた。
あまり使ってなかったラジカセを捜したが引っ越しの時に処分したみたいだ。

ン十年振りでラジオの売場を覗いてリーズナブルな価格に吃驚。
小さくてシンプルで安定の良いものをと選んで今夜は早速付けっ放しで聞き流しを。
聞き方にもコツと慣れが要りそうだが私にとっては新しい試みです。

外泊すると、まだiPadでは思うようにブログが書けなくて、心ならずも二日休んでしまいました。

添付写真は、新しいCDラジオです。

八月の想い2018/08/10

八月になったと思ったら、もう十日だ。
怠惰に過ごしているから日の経つのが速い。

八月には子どもの頃の楽しかった夏休みの想い出と、昭和二十年の戦争末期、終戦の重苦しい映像が重なっている。

今日は何だか重苦しく哀しかったことが浮かぶ。
TVでチラット特攻隊のことが語られていたせいかも。

当時の新聞にその記事が出たとき、それを讀んでいた父が憂いの表情で「日本もココまで来たのか」と呟いた。
学徒動員で工場で疲れ切っていた私には父の心情はよく解らなかったが、文系の学生で出征を目前に控えた兄のことも心配だったのだろう。

飛行機に乗って爆弾ごと敵艦に体当たりする、絶対に生きては帰れない。
一応、志願者は右に一歩と言われたと聞いたが、拒否出来る雰囲気ではなかったろうし、青年はお国の為、家族のためと決意したとも思う。

広島、長崎の被爆されて亡くなられた方々、後遺症で苦しまれた方々、大勢の方のことが、更に深く哀しみを感じるのは自分の年齢のせいも有るのかな。

世界の平和を大事に考えて欲しいと願うのみです。

添付写真は、可愛い小鳥の姿に心和んで。
遠かったし、すばしっこくて不鮮明でした。