真冬日に2013/01/28

夜中に雪が
朝起きたら思いがけず外は雪景色になっていた。
晴天で洗濯物を干す頃にはもうスッカリ融けてしまったが相変わらず寒い。

エアコンも床暖もなかった昔は寒かったなと昨日の戦時中の話から当時を思いだした。
寮は6畳の部屋に二人で暖房は小さな火鉢一つだけだった。
炭はどうしていたのか覚えがないが手をかざすだけで部屋全体は冷えきっていた。
毛布か掛け布団にすっぽりくるまって机に向かっていた。
京都の底冷えは神戸育ちには応えたな。

父の疎開を兼ねた転勤先の家は有力者の方の別宅で立派な造りだったが玄関から裏口まで長い通し土間で天井が高い。
所謂町家造りで夏は涼しいが比叡降ろしの風が舞う真冬はこたえた。
父が肺炎を二冬続けて患って亡くなったのもあの寒さのせいもあったと思っている。
戦争末期、戦後の混乱期には炭や練炭なども欠乏していた。
高齢者には厳しい時代だったろうと今になって考えさせられることが多い。

外は寒くてもマンションの部屋は暖かい。
家事労働も発達した種々の機器のお陰で楽になりこの歳になっても自立していられる。
五十代で亡くなった父母や、顔を見たこともない祖父母のことを思うと恵まれてると感謝している。
でもこれってコップのなかの幸せなのかな。

新聞やTVで見る痛ましい事件に心がゆらぐ。