女学校の想い出2012/04/26

ツツジ
女学校に入学して小学校との違いは富裕層の子どもが多いことだった。
我が家は平均的な中流家庭だったけど公立の小学校では収入的に恵まれない家庭の子どもも多かったがそんなことは関係なく皆が仲良しだった。
女学生になった時に母が珍しく
「お金持ちの子が多いけれど気にすること無いからね」
と言ったので、そういうことを考えたことも無かった私は却って少し心配になった。

でも入学してみればそんなことは杞憂だった。
普通の女の子の集まりですぐに仲良くなり自然に気の合う同士の友達のグループも出来た。
親の職業など聞く機会も無くて後に大人になってから知ったくらいだ。

あの頃電話は余り普及していなかったがクラスの電話連絡網を作った時に電話の無い家は2〜3人だけで我が家もそのなかに入っていた。
父は病院から呼び出されるのが厭だからと言っていたが言い訳だったと思う。

夏めいてくると冷蔵庫に入れる氷を配達してもらう。 それが嬉しくて小学生の頃はそれを季節の話題にしたものだ。
何気なく隣の席の子に
「氷 もう配達してもらってる?」
と聞いたら、彼女はもじもじしながら
「うち 電気冷蔵庫だから・・・」
アメリカ映画か未来の家庭生活を書いた科学本でしか知らなかったな。
その友達は気の優しい子だったけれど3年生になったばかりで肺炎で亡くなった。 悲しかった。
父の知り合いの内科の医長先生が泊まり込んで診られたそうだがあの頃は良い薬も無かったのだろう。
クラス全員で弔問に行ったが門を入っても家が見えないくらい庭の広いお屋敷で若くて美しいお母様の姿が痛々しかった。

小学校と全然違った環境でいろんな体験をそれとなく出来て良かったと思っている。
少なくとも妙な偏見を持たずにどんな環境でも喜びや哀しみ、悩みが有ることを肌で知った。
目立たない大人しい学年だったがクラスメートの悪口は聞いたことが無かった。
姉妹も同じ学校に通った人が多くて、クラス会でその話をすると
「私たちの学年だけよ。 これだけ仲が良いのって」
恵まれてたんだな。 その分、世間知らずにぼ〜っと大きくなったみたいだ。