ミシンの想い出など2011/11/09

昭和2年の赤ちゃん
NHKの朝の連ドラ「カーネーション」が面白い。
主人公は私より13〜4歳上だけど昭和初期の風俗を私の幼いときの記憶とだぶらせて観ている。

物心ついてからの私の周囲では子どもは洋服で着物姿はお正月と夜店での浴衣を見かけるくらいだった。
地域差は有ったのかも知れない。
でも小学校の参観に見える母親は皆着物姿で洋装で見える方は凄くモダンで目立ったものだ。

町に洋装店が1軒だけ有ってお正月が近づくと姉と私の洋服を注文する。 生地見本を見ながら母と姉が相談してデザインも選んでいたが私は全然興味はなかった。
姉と母は結構お洒落が好きだったと思う。

普段着は母が縫ってくれた。
手先の器用だった母が茶の間いっぱいに生地を広げ型紙を当てて裁断し卓袱台の上に置いたミシンで縫っていた姿を思い出す。
そう 我が家のミシンは手回しの卓上型でドイツ製と聞いたけど友達の家の足踏み式のミシンが羨ましかったな。
下着も白いキャラコでシュミーズやパンティもこのミシンで仕立てたのが多かった。
小学生になった頃は中原淳一の人気が凄くて「少女の友」の付録の彼のスタイルブックを参考に母と姉が相談しながら仕立てて楽しそうだった。

このミシンは丈夫で戦後、電動式に改造して私が洋裁学校に通っていた時にも使ってスーツなどを仕立てたものだ。
木製のドーム状のケースに入っていたミシンが母の姿とともに懐かしく想いだされる。