気がつけば８２歳

生まれてこの歳になるまでに１８回住所を変えている。
住んだ家の間取りや近所のこと、その家での我が家の生活をセピア色のスライドを見るように懐かしく思いだすのは感慨深いものだ。

生まれた家は戸籍上でしか知らないのは物心つく前に引っ越したのだろう。　
昭和初期の阪神簡には借家が多かった。
父も山奥から出てきて一カ所に定住する気がなかったのか一生借家暮らしだった。
私が最初に覚えている家は畑が未だ残っている日本家屋で、だだ広い座敷の真ん中に置かれた滑り台でお隣の男の子と遊んでいるシーンだ。
畑が多かったせいか大きな蠅が飛び回っていて、そのうち姉と兄が疫痢に罹る。　一室に隔離されて看護婦さんが洗面器などを持って出入りし、家中にクレゾールの匂いが充満していた。
誰からも構われない私は家の隅で暗い光景を黙って眺めていた。
それがキッカケで住宅の密集地に引っ越した。

新築の赤い屋根の洋風の家で２階には洋室の外にバルコニーもあったし、キッチンも合理的なデザインだった。　
お隣に絵描きさんが住んでて、そこの同い年の男の子とよく遊んだっけ。　
奥さんが珈琲を入れてるのも、アトリエも珍しかった。

小学生になりたての頃、近所に新しい家が建ったのを両親が見て引っ越すことになった。
日本家屋で門構えが立派だったが横の通用口から出入りして大きな扉を使った覚えが無い。
奥に庭があったので飼い犬は放し飼いにできたし、二階にはやはり洋室があったが、私の中の記憶は少ない。
本家の従兄弟がうちから中学に通っていた頃で彼の小さな部屋に入り浸って、兄のお下がりの自転車に乗れるまで毎日空き地で後押ししてもらって楽しかったことは覚えている。

小学４年生になったとき、父が引っ越し先を捜していた。
理由は後で姉から聞いたのだが、本家のことなど色々有ったらしいし、子ども達にもお金がかかるじきだったから家賃の安いところへと。　両親に聞いた訳じゃないから真偽は知らない。

そして　引っ越したのが川沿いの海に近い古い家だった。
その頃の家賃の相場は一戸建ちで５０円くらい、中にはとても
立派なお屋敷で200円と聞いた。
因に可愛がってくれた小学校の先生は新婚ほやほやで可愛い文化住宅に住んでいらして「家賃17円だよ」なんてことまで話してくれた。　真偽は保証しかねる。

母は古い家で不満だったようだが、敷地が130坪で松が１０本以上生えてて、海に近くて　私は嬉しかったなあ。
大家さんが学者で奥さんがイギリス人で勤務先の都合で貸すことにしたらしい。
庭には花壇がいっぱい作られ小径が有って隅には芝生も有って楽しかった。
玄関脇の小さな庭だけがご主人の好みで石灯籠と小さな築山に曲がった松が植えられていた。

２階から裏を見おろすと有名な酒蔵の作業場で冬の間は杜氏さん達の働く姿が見えた。
女学校４年まで過ごしたこの家には私と家族の想い出がいっぱいだ。

両親達が疎開したあと、戦争末期の空襲ですべては焼けて戦後何十年かして姉、兄と３人で訪れたときには小さな公園になっていた。　見覚えのある松が何本か残っていて幹の肌を撫でながら昔を想った。