義姉の命日2011/12/02

紅葉真っ盛り
今日は義姉の命日で久しぶりに神棚の扉を開けてお位牌を前に出しお神酒、洗米、水を供える。
榊を買いに出掛けたら真冬並みの寒さだった。
夫の写真は身近な場所に置いてるけれどご先祖様の神棚は脚立を持って来なければ届かないからつい疎かになっている。
悪い嫁だなと義母に申し訳ないと思いながらもクリスチャンの母と宗教に関心のなかった父に育てられた私は未だに仕来りに馴染めないでいるのだ。

義姉が亡くなってもう50年が過ぎる。
子どもの頃から心臓の持病を抱えていて結婚したお相手のお医者さんが驚いて離縁になったと義母から聞いた。
私たちが結婚して2年ばかり離れで暮らしていらしたから時には一緒に食事して親しくなったが賢くて7歳年下の世間知らずの私を温かい眼で見てくれた。
義母が東京へ、我々も数年後には東京に転勤になり遠くなってから突然の訃報が入って老齢の義母と幼児を抱えた私はお別れには行けなかった。
まだ若かったのに、元気にお勤めもしてたのに、悲しかった。

義母は5人の子どもに恵まれながら次女は赤ちゃんの時に麻疹で、末っ子の次男は大学卒業後すぐに結核で亡くしている。
老齢になってからの三女との別れは嘸辛かったことだろう。
昔はこういう悲しいことが多かった。

義姉のお位牌を見つめながら彼女の子どもの頃のことを語ってくれる人はもう誰もいない。
私が知ってからの彼女のことを話す相手も機会も無いだろう。