新しい年2012/01/01

正月の掛け軸
新年あけましておめでとうございます

少し淡い白い雲がかかっているが暖かい日射しを浴びて穏やかな幕開けだ。
昨年の私の干支の卯年は散々だったな。
12年に一回の巡りを結構楽しみにしていたのに。
母が辰年だったことを思い出した。
父が寅年で子ども心に「竜虎争う」うちはホントはどちらが強いのだろうなんて考えたことがある。

昨夜は近くの家人に招かれて鋤焼きと紅白観戦、年越しそばで真夜中に送って貰った。
今日は家族が全員集まる。
幸せだと思う。
自分の為にも周囲で支えてくれているみんなに報いるためにも今年は前向きに明るく生きたい。

添付の鶴の掛け軸は由来は判らないが百年くらい前のものかしら。
もうぼろぼろだが床の間の無いマンションに来ても正月がくれば壁に飾り年を経た味わいもいいなと思うようになった。
人間もそう有りたい。

箱根駅伝2012/01/02

湘南から望む新春の富士山
元旦の一家団欒の心地よい余韻を感じながら今朝は独り駅伝を観た。
贔屓の特定の選手も学校もないのだが毎年結構熱くなって応援している。
ただひたすら走るだけなのに若いっていいな、素敵だ。
最後尾のお腹を押さえながら頑張っていた選手が無事ゴール出来たかしらと気になったがその前に中継は終ってしまった。

久しぶりに箱根の景色を見て懐かしかった。
夫の定年後湘南の海辺に移り住んでからは海と富士山を横目に観ながら箱根へよくドライブした。
テレビに映った箱根の登り道の旅館やお店、そして芦ノ湖の展望は何度行っても飽きることが無かった。
関西育ちの我々は関東には馴染めないことが多かったのに箱根は好きだった。
それとやっぱり富士山は何度観ても新鮮な感激が有る。
何時でも行けると思っていた箱根なのにお互い高齢になり夫が闘病の末亡くなって遠い存在になってしまった。
二人で楽しめた時間の貴重さを無くしてから思い知る。
教訓 いつでも今を大事に噛み締めて悔いなく楽しもう。

横道にそれたが明日の復路を期待している。

年頭に2012/01/03

飛翔
年が改まると自分もリフレッシュしたくなる。
これまで「期待しない」をモットーにしてきたのは良いことが有れば総てが予想外で嬉しいし、失敗しても当たり前で落ち込まなくて済む。
考えてみれば私の場合は臆病だからだろう。
それに悪いことばかりを想像するようにもなる。

今年はやりたいこと、達成したいことを願ってみようかな。
頭からダメなんてきめつけないで諦めないでいたら知らず知らずにその方向に努力するようになって実現するかもしれない。
自分に期待するのも悪くない。
幾つになっても逃げはつまらない。

午後になって広がった青空の羽を広げて飛び立つような雲を眺めながらそんなことを考えた。
朝から箱根駅伝を観ていた影響もありそうだ。

電話2012/01/04

窓際のシクラメン
元旦が過ぎて独りでテレビを観ながらお節料理をつつく。
自分用だと手抜きしているから味はもうひとつだ。
あとは何をする気にもなれなくてぼ〜っとしてたら遠くに住む友人から電話がかかってきた。
お互い子どもが幼稚園の頃に新しい造成地に家を建て親しくなって子どもが成人する頃には夫々違う土地に移ったが懐かしい友人だ。
「年賀状だけじゃなくって やっぱり声聞きたかったから」
って嬉しいこと言ってくれる彼女の優しさが嬉しかった。
付き合い下手の私と違ってあの頃のお仲間との交流が続いてて懐かしい方々の消息を聞かせてもらった。
亡くなられた方々のことを聞くと時の移ろいにしんみりする。

午後にはここに移って来て一番の友人から「おめでとう」の電話。
暮れから元旦はお互い離れた家族と一緒に居ることが多いから遠慮してたのだが相変わらずの明るい声が飛び込んで来て感謝。

昨晩は若い友人からの電話で1時間以上お喋りした。
楽しかったな。

今朝は絵で知り合った20年来の友人から電話、偶然同じ様な病気をして療養中だから情報交換して励まし合いながら元気を貰った。

思うように外出が出来なくなって独り閉じ篭り状態になると昔はあんなに欲しかった時間まで持て余すようになる。
意欲を駆り立てる刺激がない。
そんな時に電話ってほんとうに有り難い。
何気ないお喋りにどれだけ癒され明るく前向きになれることか。
メールにはもう一つ親しめない固定電話世代かな。
うん 少し若い世代の友人はそんな私に付き合ってくれているのだろうな。
10年先輩の友人にも電話をしよう。 年賀状で元気な写真は見せてもらったとこだけど。
歳取るほどに女性同士のお喋りって本音で楽しい。

読書覚え書き2012/01/06

鎌倉瑞泉寺の梅の頃
新聞広告で興味惹かれて図書館に寄った。
「ビブリア古書堂の事件手帳」三上延著 メディアワークス文庫
著者も評判も全然知らなかったけれど古書の世界なら面白そうという軽い気持ちだった。
図書館の受付で広告の切り抜きを見せるとパソコン検索の結果は103人待ち、在庫と合わせてざっと計算すると半年さきになる。
「すみません 書店に行きます」
お礼を言って昨日、買い物のついでに隣街で買い求めた。
税込みで619円だった。

午後例によって一気読みしてしまう。
舞台が北鎌倉の古書店という設定が先ず嬉しかった。
暗くしっとりした古都の風景に溶け込んでいる。
以前の住まいから鎌倉は近くて稽古事で毎週通ったり、夫と車で四季折々を楽しんだ想い出がいっぱいある。

古本屋巡りは私の若い時からの趣味(お金もなかったし)だが鎌倉の古書店はちょっと風格があって珍しい本も奥に有って眺めるのが楽しみだった。
そんな想いを重ね合わせながら楽しく読んだ。

でも一般的に考えると比較的地味な本だと思うのに大ヒット、100万部突破!って若い層に人気があるのが意外だった。
感想を聞いてみたい。

余談だが出てくる本のなかで読んだのは夏目漱石の「それから」だけだったのはちょっとショックだった。
今度出掛けたら続編を買ってこよう。

敗戦後の日々2012/01/07

公園にて
お正月気分もあっという間に消えて寒い日が続く。
「カーネーション」は終戦から2ヶ月ほど経った世相を映していてあの頃のことを思い出させてくれる。
長い年月が経って風化している部分も多いけれど皆が懸命に生きていた姿は焼き付いている。
助けは来ないのだから満員の列車に辛うじて乗り農家を訪ねて持参した着物などと食糧を交換してもらった。
それも取り締まりに遇えば没収される。
闇市に行けば何でもあったが日々値段は高騰して買うのは大変だった。
戦地や大陸から帰還した人達で街は多くの人が溢れていたが栄養失調でどす黒く皆痩せていて汚れていた。
進駐軍の艶やかな肌と清潔な服装に敗戦の事実を痛感させられたものだ。

それでも空襲警報に怯えた日々に比べれば天国のようだった。
両親が苦労して護ってくれたのだろうと今頃になって感謝するが当時は若さの特権で初めて経験した自由に有頂天で飢えもお洒落出来ないことも苦にならなかった。
闇成金って言葉は聞いたが、ま 皆が困っていたから平等感みたいなものもあった。
年々良くなって行く実感と希望が有って今思い返せばどん底は数年だったように思う。

平等感と言ったけれど戦災に遭う遭わない、身内が戦死された方、沖縄の悲劇、原爆のことを今考えると当時は未熟でよく解っていなかった。

想い出の人形2012/01/08

御所人形
松の内も近年は7日までらしいので玄関飾りを取り外す。
子どもの頃に比べるとお正月気分も短くなった。
クリスマスムードは12月にならないうちから街の飾り付けをしているからそちらの方が長いって言うのも可笑しな気もする。

せめて神棚の小さな鏡餅は15日までお供えしておこうかな。
掛け軸と御所人形の万歳も年に1度のことだからもう少し飾って眺めたい。
62年前に結婚した時に既に有ったこの人形が好きだった。
桐の箱に書かれた文字は達筆過ぎて人形の名前も作者も讀めなくて勝手に私は御所人形の万歳と呼んでいた。
義母に由来を聞いておけば良かったとつくづく後悔する。
もうその頃から箱も人形もぼろぼろで胡粉も剥げて所々欠けていたりした。

中年になって人形作りにのめりこんでいた頃にこの人形にも薄い和紙を何枚も重ねて顔や衣装の模様も書き込んですっかり奇麗にした。
自分では生き返らせたようで結構気に入ったのだけど後年考えれば折角の年代物を台無しにしたような気がしないでもない。
あの汚いままの方が値打ちがあったのかも。
でも酷かったものな。
由来を知ってて嘆く人はもう誰もいなくなった。
複雑な想いもふくめてもう暫く飾っておこう。

パーマネントの想い出2012/01/10

昭和22年頃のパーマネント
連ドラを毎朝観ていると当時のことをいろいろ思い出す。
パーマネントは昭和初期に流行りだして母の世代の憧れだった。
庶民にも普及しだしてから数年後戦局が厳しくなると非国民扱いになる。
着物の袖丈を詰め、モンペ強制の時代だ。
食糧難と空襲と重労働でお洒落を考える余裕もなかった。

敗戦後の何時頃からパーマが復活したのだろうとドラマを観ながら当時の記憶をさぐる。
秋になって授業が再開してどれぐらい経っていただろうか、パーマを当てたいという要望が起こって代表が職員室に交渉に行き一度はダメと言われたのを粘って許可された。
何でもいいから自由が欲しくて嬉しかった覚えがある。
寒い日に美容院の看板も出ていないしもた屋の薄暗い部屋で初めてパーマを掛けてもらった。
若い女の子でこちらの方が指図され叱られながら熱い器具に我慢しながらの初体験の結果は期待したほどのものではなかったけれどそれから2〜3年の間に美容院も技術もお洒落も格段に進歩し普及して行った。

あの頃はやたらとカールが多くてサザエさんのように頭の上にカールを並べるのも流行っていた。(今は見られないですね)
昔の写真を見ながら当時を思い出して描いてみました。

友有りて2012/01/11

山茶花のように
「何だか気分が悪くって
判らなくなって気がついたら病院だったの
介護の日で不審に思って家族に連絡してくれたけれど
ロックしててカギだけで開けられないから大変だったのよ
うん 肺炎
自覚症状全然なかった」
一ヶ月の入院で帰って来た友の話

「食事、全然作ってないわよ
缶詰の流動食だけ
炊事の手間省けて簡単よ」
もう1年以上続けてるはずの友の話

生きてるんだから楽しまなくちゃ勿体ないじゃない
ピアノも弾くけど折り紙折ったりジクソーパズルや素独など
退屈しないわよ
と屈託なさそうに話す友

「仏陀の言葉」良かったわよ
ニーチェ? そう あれ暗いよね
他にも今 話題の本のあれこれを
言いたいこと言える友との話

同じ時代のなかで違った人生を歩んで来た友人達
みんな それぞれ 強いな
出来る範囲は独りでしっかり生きている友
夫を支えて生きている友

去年のクラス会 病後で欠席したら
「ごめんね 会いに行けなくて」
関西の友から年賀が届いた
みなのためになることばかりを考えてる友の言葉は
温かく身に沁みた

買い物2012/01/12

冬枯れの季節
冷気が頬を切る様な寒さだ。
美しい青空の下の外気を吸うと少し元気が出て隣街に買い物に出掛けた。
昔から季節の変わり目のぼや〜とした天候は苦手で真夏と真冬が好きな体質は変わっていないようだ。

先ず書店に飛び込んで「ビブリア古書堂の事件手帳2」を捜したが売り切れ。
次の書店の受付で頼むと暫く待たされたが捜して来てくれた。
流石大きいところは違うと感心したがよく売れているらしい。

次は暮れから欲しいと思っていた手編み風のカーディガンを捜す。
病気してから体型が変わり好みも微妙に変化したみたい。
洋装店、衣服を扱っているお店は本当に沢山有るのだけど、ぴったりくるものが見つからない。
フツウでちょっぴりお洒落で着心地がいいのって難しい注文なのかな。
デパートの中のお店を十数店覗いてやっとまあまあのを求めた。
これ以上無駄な衣服は増やしたくないから慎重になったなあと自分でも可笑しくなってしまう。

何時もの食料品だけと違う買い物で心も少し弾んだ。
帰りのバス停で鮮やかな赤いドレスの女性と隣り合わせ
「ステキな赤、お似合いですね」
「白い髪に可笑しいでしょ」
「髪が白いからいいんですよ」
同じ年頃の他愛無いお喋りも楽しかった。
この方となら話が合いそうと判断出来るのは歳の功かな。
それとも只厚かましくなってるだけ?