向日葵から ― 2013/07/13
向日葵の花を見ると夏が来た! と心が躍る。
幼いときの 少女の友 中原淳一 向日葵と少女の絵 の摺り込みが大きいのかも。
植える庭はないから、せめてお手洗いに飾っていた薔薇の造花を向日葵に換えたら明るくなった。
もう随分昔になるけれどアートフラワーが流行った頃、亡くなった姉が凝って飯田 深雪さんのスタジオに通っていたことを思い出した。
染色から手作りの芸術的なモノで当時貰ったのが有るがすっかり色褪せて可哀想な状態。 でも処分出来ない。
クラシックドールにでも持たせれば似合うかなと今フッと思う。
現在は子ども若い世代もシニアも趣味の教室に通ってるのが普通で幾つも習ってる方も多い様だ。
私が子どもだった昭和初期には男の子は勉強一途で、女の子は踊りやバレエ、ピアノ、絵、お習字などを習わされた。
学校の勉強は二の次って感じ。
私はピアノとバレエと日本舞踊は少し習って挫折し母をがっかりさせた。 習字塾は続けて通ったのに悪筆だ。
日本画だけは楽しかった。
女学校を卒業すれば本格的にお茶とお花と料理の花嫁修業だ。
女学校でもお作法の時間が有って、掛け軸の掛け方、しまい方、お客様の接待の実演など、苦手だったな。
女性が職業につくことを考えない時代だった。
私は戦争末期でそれどころでは無くなっていたし、敗戦後は女性の価値観も様変わりした。
姉は一生、仕事に就くことは無く、私も中途半端なまま姉と同様、趣味の世界で遊んできて幸せだと思いながらも一抹の後悔も有る。
姉など私と違って才能が有ったのだから惜しかった気がする。
向日葵の造花から話が飛んでしまった。
幼いときの 少女の友 中原淳一 向日葵と少女の絵 の摺り込みが大きいのかも。
植える庭はないから、せめてお手洗いに飾っていた薔薇の造花を向日葵に換えたら明るくなった。
もう随分昔になるけれどアートフラワーが流行った頃、亡くなった姉が凝って飯田 深雪さんのスタジオに通っていたことを思い出した。
染色から手作りの芸術的なモノで当時貰ったのが有るがすっかり色褪せて可哀想な状態。 でも処分出来ない。
クラシックドールにでも持たせれば似合うかなと今フッと思う。
現在は子ども若い世代もシニアも趣味の教室に通ってるのが普通で幾つも習ってる方も多い様だ。
私が子どもだった昭和初期には男の子は勉強一途で、女の子は踊りやバレエ、ピアノ、絵、お習字などを習わされた。
学校の勉強は二の次って感じ。
私はピアノとバレエと日本舞踊は少し習って挫折し母をがっかりさせた。 習字塾は続けて通ったのに悪筆だ。
日本画だけは楽しかった。
女学校を卒業すれば本格的にお茶とお花と料理の花嫁修業だ。
女学校でもお作法の時間が有って、掛け軸の掛け方、しまい方、お客様の接待の実演など、苦手だったな。
女性が職業につくことを考えない時代だった。
私は戦争末期でそれどころでは無くなっていたし、敗戦後は女性の価値観も様変わりした。
姉は一生、仕事に就くことは無く、私も中途半端なまま姉と同様、趣味の世界で遊んできて幸せだと思いながらも一抹の後悔も有る。
姉など私と違って才能が有ったのだから惜しかった気がする。
向日葵の造花から話が飛んでしまった。


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