与勇輝さんの新作を観て ― 2010/09/14
テレビをつけたら徹子の部屋に与勇輝さんが出演してられた。
徹子さんは彼の人形の初期からの大ファンだったと思う。
先ずお若いなと思った。 彼の人形に魅せられて展示会場に通い作品集を求めた時から20年以上経っている。
可愛い妖精たち、それからリアルな家族像などなど。
そのころ主婦の間では粘土人形が流行して私も習いに行っていたがやがて飽き足らずに桐塑や布で創る方に別れて行った。
与勇輝さん系の教室に移った方も居て、何年かのちデパートでの個展に招かれたら素晴らしい作品だった。
私は粘土の素朴な味も好きでファンタジーな世界を楽しんだが、粘土は脆くて殆ど残っていない。布を使っての人形も習ったが周囲にはこれが一番評判が良くて貰い手があった。
性来不器用だから、絵を習い出したら人形創りに興味がなくなってしまった。 今顧みるとちょっと未練も有る。
あの時 やりたかったのは彫刻だったような気もする。
が 結局絵に落ち着いて良かった。 今の私の最大の楽しみだ。
テレビで久しぶりに与勇輝さんの戦争中のこどもたちを写した作品を見て素晴らしいと思うと同時に、人形作りにのめり込んでいた頃をとっても懐かしく思い出した。
添付したのはピエロシリーズで残っていた小品です。
徹子さんは彼の人形の初期からの大ファンだったと思う。
先ずお若いなと思った。 彼の人形に魅せられて展示会場に通い作品集を求めた時から20年以上経っている。
可愛い妖精たち、それからリアルな家族像などなど。
そのころ主婦の間では粘土人形が流行して私も習いに行っていたがやがて飽き足らずに桐塑や布で創る方に別れて行った。
与勇輝さん系の教室に移った方も居て、何年かのちデパートでの個展に招かれたら素晴らしい作品だった。
私は粘土の素朴な味も好きでファンタジーな世界を楽しんだが、粘土は脆くて殆ど残っていない。布を使っての人形も習ったが周囲にはこれが一番評判が良くて貰い手があった。
性来不器用だから、絵を習い出したら人形創りに興味がなくなってしまった。 今顧みるとちょっと未練も有る。
あの時 やりたかったのは彫刻だったような気もする。
が 結局絵に落ち着いて良かった。 今の私の最大の楽しみだ。
テレビで久しぶりに与勇輝さんの戦争中のこどもたちを写した作品を見て素晴らしいと思うと同時に、人形作りにのめり込んでいた頃をとっても懐かしく思い出した。
添付したのはピエロシリーズで残っていた小品です。
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