昭和初期の服装(女の子)2010/09/11

昭和初期の女の子の服装
子どもの頃の服の思い出はいっぱい有りすぎて書き切れない。
今のように手軽に買えなくて、他所ゆきはは町の洋服屋さんに頼むかデパートで誂えるしかなかった。 暮れと特別の事が有るときの年に2回くらいで、あとは母が全部作ってくれた。
卓袱台の上に置いた手回しのミシンでガシャガシャと縫うのをじっと眺めていたものだ。
他所の家のは足踏みなのにと思ったがドイツ製の優れもので私が後年洋裁学院に通うときもこれを使った。

母はデザインを楽しんでいて姉と少女の友の付録の中原淳一のスタイルブックを参考にしていたようだ。
私は意見も文句も言ったことはない。そのころは洋服には無関心だったな。

小学校低学年のときは毛糸の半ズボンが一番好きだった。
何年生の頃からか阪神間では公立小学校にも制服が流行った。
冬はスモック、夏はセーラー服の様なワンピースだった。
でもあまり強制されなかったように記憶している。
街には既製服より生地を売る店が多かったように記憶している。

女学校に入学した昭和15年にはそろそろ物資が不足し出して入学して暫くは制服が間に合わず私服で通学した。
入学したばかりの嬉しさに校庭で嬉々として遊ぶのを上級生は窓から見おろして服装の批評をしていたそうだ。 ユニークな洒落た服を着てた子がいたな。土地柄かも。

女の子にとっては戦前の最後の華やかな時代だった。

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