治療方針も決まって2018/09/14

検査も全部終って、今日は院長先生からお話しを伺う。
全部の検査の結果を画像を示しながら、詳細に説明してくださって、治療方針を示してくださった。

家人と一緒で心丈夫だったし、想像していた中ではもっとも良い結果でホッとする。
来週には手術入院することになって、看護師さんに病室も見せて戴いたり、いろいろ説明も。
ラジオとiPad使用の心得を一番に質問して笑ってしまう。

7年前の胆嚢摘出手術の時は、半年近く入退院を繰り返してからの手術で、5時間も掛かって家族にも心配かけたが、今回は早く済みそう。
でも家人には全部世話になりっ放しで、心の中で謝って感謝です。

昔は、入院は一生のうち有るか無いかの一大事で、お見舞いの花束や果物で溢れたものだけど、今はそういう習慣も無くなったな。
相部屋では却って迷惑かけるし、置き場所も無い。
気軽く入院して、最先端の治療も受けられる。
良い時代になったとつくづく感じます。

添付写真は、相変わらず昔のプリントした絵から。
灯りを消して縁側から、夜景を楽しんでた頃のCGです。

検診も大詰めに2018/09/13

今日も、朝一で病院へ。
手術時の麻酔についての説明を専門の先生から伺う。

7年前の胆嚢摘出の手術の時は、急激な痛みで救急車のお世話になったぐらいだから今回のような周到な準備も心構えするゆとりも無かったな。
明日は院長先生から検査結果と手術のことについてお話しが。

オペが無事済んだら、今度こそ真面目にいろいろのことに取り組みたいです。

何だか滅入る話しで申し訳ないと思いながら。

添付写真は、昔のスケッチブックから。
昭和の初期には、メロンは高級品で入院された時のお見舞いに、花束とともに定番だったのを思い出す。

昔、描いた絵から2018/09/11

近くの郵便局とストア迄出掛けたら、曇っていたせいも有って、少し肌寒いくらい。
そろそろ衣類の入れ替えもしなくてはと。

自分の身の始末だけすれば良いから気楽なのに、能力も低下してて毎日片付けに追われている。

今日は、奥に仕舞い込んだままだったケースを開けてみたら、古い絵のプリントしたのがいっぱい。
忘れてたり、もう実物が無いのも有って懐かしい。

パソコンを始めた頃は何もかもが珍しくて、8色しか使えないCGを描きまくった。
自分用のプリンターを購入してからは、印刷するのが面白くて描いた絵もカメラで撮ってA4の用紙に。

せめて写真用の用紙にプリントすれば良かったのにとは返らぬ愚痴です。

少し季節が遅れてるけれど、忘れかけていた花火の絵を添付。
あの頃のように、いろいろなことに熱中したいなって思うこの頃です。

藤田嗣治特集を観て2018/09/10

何となく秋めいてきた。
小雨模様で一日閉じ篭って、昨日最後の方しか観られなかったTVの「日曜美術館」をBSの録画で観る。
藤田嗣治の特集だったから、懐かしくて、どうしても観たくて。

6年上の姉が早くから油絵を習っていたから、小さい時から展覧会にはよく、ついて行った。
もう歴史的になった有名な方々の絵を、発表されたときに観られたことが、今になると感慨一入です。

姉の関係で二科展には必ず。
確か女学校に入った年に、凄く印象深かったのは、藤田嗣治の猫の群像。
何時もと違う絵に衝撃を受けた覚えが有る。
一緒に観ていた父が「戦争の影響かな」と呟いていた。

翌年には太平洋戦争に突入。
彼も戦争の画を描いてて、それが元になったのか戦後はフランスに移住して国籍も。
日本に帰ってくることは無かったけれど、私には想い出がイッパイで懐かしくTVを観ました。

でも正確な年代の記憶は、もうアヤフヤです。

「地を泳ぐ」 藤田嗣治著 藤田嗣治装丁
子どもの頃、姉が持ってた本を勝手に讀んで素敵な装丁に憧れたものだが、内容はもう忘れている。

「没後50年 藤田嗣治展」を観に行きたいけれど10月8日迄では無理そう。
残念です。

添付写真は本文に関係なく、秋の風情を。

読書の記憶2018/09/09

急に秋めいてきた。
読書の秋って言うけれど、ここ数年は文学書から遠ざかっている。

引っ越しずる度に古い本をイッパイ処分して来て、今回も段ボール箱を幾つも業者さんに引き取ってもらった。
世界文学全集には愛着が有ったがエイって感じで。
ここも本が溢れているし、図書館はすぐ近くだから不自由はしない。

私が子どもの頃は、TVもパソコンも携帯も無いから、本の中の世界にのめり込んでいた。
字を教わった記憶も無いのに、幼い時に讀んだ物語のことはよく覚えている。

小公子、小公女、家なき子、ジャングルブック、などなどは書棚の一番下に並んでいたアルスの児童向けの文学全集から。
子ども向けの聖書物語の全集も旧約聖書の話しが面白かった。

全部振り仮名がしてあったから、讀めたし字も覚えられた。
幼稚園にも行かなかったから時間はたっぷり。
何度も読み返した。

あの時代の風潮で、子供を構い過ぎるな、自由にが父の方針だったらしく、それなりに私には楽しい幼児期だったと思っている。

添付写真は、古いスケッチブックから台風で荒れた海の風景です。