八月の想い2018/08/10

八月になったと思ったら、もう十日だ。
怠惰に過ごしているから日の経つのが速い。

八月には子どもの頃の楽しかった夏休みの想い出と、昭和二十年の戦争末期、終戦の重苦しい映像が重なっている。

今日は何だか重苦しく哀しかったことが浮かぶ。
TVでチラット特攻隊のことが語られていたせいかも。

当時の新聞にその記事が出たとき、それを讀んでいた父が憂いの表情で「日本もココまで来たのか」と呟いた。
学徒動員で工場で疲れ切っていた私には父の心情はよく解らなかったが、文系の学生で出征を目前に控えた兄のことも心配だったのだろう。

飛行機に乗って爆弾ごと敵艦に体当たりする、絶対に生きては帰れない。
一応、志願者は右に一歩と言われたと聞いたが、拒否出来る雰囲気ではなかったろうし、青年はお国の為、家族のためと決意したとも思う。

広島、長崎の被爆されて亡くなられた方々、後遺症で苦しまれた方々、大勢の方のことが、更に深く哀しみを感じるのは自分の年齢のせいも有るのかな。

世界の平和を大事に考えて欲しいと願うのみです。

添付写真は、可愛い小鳥の姿に心和んで。
遠かったし、すばしっこくて不鮮明でした。