母の想い出2020/05/25

整理をしてると懐かしい品々が出てきて、思わず見入ってしまう。
昨晩は、昭和34年に見送った実母の追悼集を読み返した。
何十年振りかも。

母は女学校を卒業した翌年に10歳年上の父と見合い結婚して、私が生まれた頃には阪神間住まい。
私が覚えている母は社交家で、友人も多く、デパートや宝塚も楽しんでいた。
でも 昔のことだから子どもには判らない苦労も多かったろうとは、後で思う。

終戦の翌々年に疎開先の農村で父が亡くなって、私も結婚してからの母のことはよく知らなかった。

改めて追悼集を読み返すと、なんだかジーンとしてしまった。
趣味だった人形作りを、学院に習いに行って人形教室を開いて自立。
家庭裁判所の調停委員も委嘱されてたと。

私が生まれた頃に父と一緒に句会に参加してた川柳の先生の元にも伺うようになって新しい句を詠んでいる。
その先生ご夫妻が追悼文を書いて下さってて感謝した。

本の前半は、母の遺稿の何編かと川柳、後半は先生や友人、家族の思い出話。
編集して下さったのは、母が当時、親しくさせて頂いてた支局のお若い新聞記者の方々です。

なんか 大昔の身内話を書いてしまいました。

蟄居中で、話し相手もないせいかな。
添付写真は、その小さな本。
表紙の絵は、滋賀県の堅田の浮御堂を姉が師事していた小出卓二先生が描いてくださいました。

ほんと 大昔に〜