記憶はあてにならない2014/06/01

待合室で
今日の日曜美術館は「熊谷守一」とあって懐かしく楽しみにしていた。
昼食を摂りながらじっくり録画を観る。
アレッと思った。
お名前だけはしっかりインプットされているのだけど展覧会でも画集でも観る機会はなかった。

わたしの古い記憶は、子どものころ客間の壁に飾ってあったデッサンだ。
十数枚のデッサンを収めた画集のなかから時々入れ替えていたみたい。
それで熊谷守一の名前を知って好きになった。

父は絵には興味のない人なのに、姉が習いに行くようになって先生と親しくなり二科会に関係した画集などを買うようになったらしい。

客間には書棚が有ったから好きな本を寝ころんで讀みながら、フト目を上げると額のなかの黒い線で描かれたクロッキーがこよなく美しく思われた。

あの客間と称していた部屋も変っていたな。
家主さんが学者さんで奥さんはイギリス人で古い日本家屋に建て増したとか。
畳敷きなのに花模様の壁紙に洋風の白い枠の窓がついていた。
縁側替わりのサンルームの前は升目にしきられた洋風の庭で花が楽しめた。
ボロッチくて母は恥ずかしがっていたけれど子どもの私には楽しい家だった。

脱線したが、肝心の熊谷守一氏のクロッキー、無論印刷されたものだけど、あれは私の記憶違いだったのだろうか。
ネットで調べてみたけれど、ああいう作風の絵は出て来なかった。
肝心の絵自体の記憶も考えるほどに曖昧になって消えて行く。
何時もの言だけど、もう聞ける人はいなくなった。

日曜美術館の熊谷氏の絵は初めて巡り会った新鮮な気持ちで見入った。

昨日整骨院は混んでいて1時間以上待つことに。
本もスケッチブックも持ってこなくて、ひたすら水槽のなかの珍しい魚を観察して撮りまくったのが添付写真です。