昭和の風景ー松茸2013/11/21

再び懐かしい松茸の絵を
秋には欠かせなかった松茸と縁遠くなって何十年経つだろう。
季節的に少し遅れてしまったが、野菜売場で見かけることもなくなって忘れていたのに昨日ストアで椎茸の大きくて新鮮なのが並んでいるのを見て松茸を連想したのだ。

私が小学生だった昭和初期には放課後に友達と日暮れまで空き地で遊びまわり
「また あしたね」
手を振りながら家路に着く。
玄関の格子戸を開けるとウワ〜ッと松茸の香りが立ちこめている。
「松茸ご飯だぁ」
嬉しかったな。
大きなお釜で炊きあがったのをお櫃に移してお茶の間に運ばれてくる。
長火鉢を挟んで父母が座りそれにくつけた卓袱台を姉と兄と末っ子の私が囲む。
若いお手伝いさんはちょっと離れて箱膳で一緒に食事しながらお給仕してくれた。
あの頃の阪神間のサラリーマン家庭では典型的な食事風景だったと思う。

松茸をドサッと入れたスキヤキも秋の定番だった。
土瓶蒸しとかはあまり記憶がない。

今と違って、一家揃って旅行とか行楽を楽しむ習慣はなかったが松茸狩りは特別だった。
入場料を払って山に入り、赤松の根元を捜すのだが中々見付からないでうろうろしていると案内人の小父さんが助けに来てくれる。
松葉の落ちたのを掻き分けて少し土をどけると松茸の頭が顔を出す。 予め隠して置いてあるのだって噂も聞いた。
炭火が真っ赤になった七輪に金網を乗せたのを借りて採れたての松茸を焼く光景があちこちに見られて良い香りが漂ってくる。
焼きたての大きな松茸を裂いて戴くと野趣が有って本当に美味しかった。

その頃は大きな市場のなかに魚やさん、肉店、八百屋などなどが固まっていたが、八百屋さんの店先には松茸の大盛りが一杯並んでいて庶民の食材だった。

戦後、結婚してからの昭和30年頃には市場も残っていて八百屋さんの店先にはチョット虫食いや開き過ぎたのが大盛りで安く売られていた記憶が有る。
その後、転勤で東京に移ってから松茸とは疎遠になった。

時たま料亭で貴重そうに茶碗蒸しや土瓶蒸しを戴く機会が有ってもなんだか他人行儀な感じがして馴染めなくなってしまった。
香りも薄い気がしてしまう。

松茸とは縁が無くなって無論描く機会もないから女学生の頃の稚拙な日本画を拡大して再度添付した。