11月になって2012/11/01

ハナミズキの赤い実が見事!
晴天に誘われてレースのカーテンの大洗濯、急に下がった気温に冬支度せねばと焦ってしまう。
取り外しが少し面倒だが洗い終わったらそのまま元に吊るせば直ぐに乾いてくれる。 部屋が明るくなった。

お昼前の歯医者さんの予約時刻より早めに出て図書館で吉沢久子さんの本を返却し、新聞の読書欄で切り抜いて来たのを予約する。
知らない著者の地味な本なのに検索してくださって
「在庫ありますから取り寄せます」
「結構本が揃っているんですね」
と感心してしまう。
連休前に間に合うかしら。
未読の本が珍しく溜まっているから急がないのだけどやっぱり早く見たい。

診察時刻までまだ時間が余ったのでぶらぶら歩いていたらハナミズキの赤い実の見事さに写真を撮る。
カメラだけは何時も持ち歩いているがこのところあまり良い被写体に出会えなかった。

歯医者さんは私独りで若い女性の歯科衛生士さんに処置して頂きながら子育ての話で盛り上がった。
上が10歳の二人と、もう一人の方は高校生のお嬢さんを。
専ら聞き役だが思わず笑ってしまう事ばかり。
「いいよねえ」
と相槌打っていると
「あ 下の奥の歯の処置します」
切り替えの速いこと。
最後に奥から出ていらした院長先生に診て戴いて終わった。
もう一回くらいで終りそうだ。

さあ 今日の残り時間は何をしよう。
選択肢が多すぎて迷ってしまう。 贅沢な悩みだ。

富士山が2012/11/02

高台から
朝刊を取りに出たら珍しく富士山がくっきり見えた。
ビルが立ちはだかっているから天辺がチョット見えるだけだけど嬉しくなってカメラを持って公園に出掛ける。
まだ足が本調子じゃないけれど歩かなければという気も有った。

富士山が見える高台が有った筈。
ここに越して来た頃は毎朝、夫と一緒に随分歩き回ったものだけどこんなに遠かったかしら。
迷ったかと不安になったころに懐かしい場所に出てほっとする、
やはり連山の上にチョッピリ頭を見せているだけだけどビルなどに邪魔されてないのがいい。

富士山を初めて見たのは昭和24年頃だった。
東京出張で汽車の窓から見た時はほんとうに感動した。
名古屋より東に行った事がなかったもの。
「国破れて山河あり」の感慨と物心ついてから絵本や教科書で見るだけだった本物を目の当たりにした嬉しさが忘れられない。

夫の定年後18年間過ごした家は湘南の海越しに大きな富士山が見える魅力に惹かれて選んだようなものだ。
くっきり秋空に白い頂をのぞかしているのを見ると前の家の縁側から今日はさぞ奇麗に見えているだろうなと懐かしい。
ま 今の私にはここのほうが生活するには快適だから後悔はないが。

久しぶりに散歩して秋の風物を撮りまくっているうちに図書館の開く時刻になったので昨日早速メールの来た予約本を受け取りに寄った。
「ヒトはなぜ 神を信じるのか」ジェシー・ベリング著 化学同人
新聞の読書欄で目についた本、「宗教書ではない。心の理論」という語句に読んで見たくなったのだ。
図書館のソファーに腰掛けて暫く讀んだ。純粋に心理学の立場から解析したもののようだ。

今日は絵の続きを描くつもりだったのにもうこんな時間、遣りたい事や讀みたい本が多過ぎる。

「文化の日」だけど2012/11/03

エンゼルストランペット
今日は「文化の日」
何だかピンとこないな。
子どもの頃の「明治節」の感覚も朧げになってしまった。
散歩をしていても軒先やお庭に大輪の菊の鉢を見かける事もない。

かわりに昔は見た事がなかったエンゼルストランペットを見付けて嬉しくなった。
淡いピンクが優しい。
黄色や白も奇麗だったと何本か植えてあったところを思いだして訪ねてみたら見当たらなかった。
枯れたのかしら。

帰ってから、この花の詳しい事が知りたくてネットで調べたら毒性があるという記事が載っていて吃驚。
でも大量に眼などに付けなければ大丈夫らしい。
子どもさんの通る場所だから処分されたのかなと考えるのは思い過ごしかな。

雑多な書類を少し整理して、絵の続きを描いたが何だか気が乗らないうちに外はもう暗い。

こんな夜は数独で遊ぼう。 夢中になれる。
あ フィギュアスケートだけは少し見ようかな。

結婚記念日2012/11/04

懐かしい絵
昭和25年の今日、京都の平安神宮で結婚式を挙げた。
あれから62年経ったのかな。
夫と一緒に迎えたかったと年々その思いが強くなるのは良い面ばかりを想像するからだろう。

54年後に彼は先に逝ったがあまり良い妻では無くて気の毒だったと思っている。
寄りかかって、社会的地位や贅沢に関心がないほうで好きな事をやってきたから私には恵まれた結婚生活だった。

昭和25年は日本の経済も少し立ち直って来ていたがまだまだ戦争の傷跡が残っていた。
結婚式は何処でと相談した時に
「平安神宮で・・・」
と私が希望したのは前年の11月3日に兄が平安神宮で挙式したからだ。
末っ子の競争心みたいなものが有ったのかも。
後になって義母が提案した下鴨神社のほうが森の奥のたたずまいやよく散歩したり親しみが有ったのにとチョッと後悔した。

結婚式場ではないから本殿で式の後、庭園のなかのこじんまりした建物(迎賓館?)で親族だけのささやかな披露宴だった。
炊事場がついてて、母が親しくしていた「友の会」のお友達がお料理をして運んでくださった。
大きなケーキも作って下さったが肝心のケーキカットの段になってナイフが無いって騒ぎに。
「これで どうかしら」
って大きな包丁を持って来られた時には思わず噴き出してしまった。 結末は覚えていない。

記念撮影は池のほとりの松の下で神妙に角隠しの結婚衣装で、無論モノクロだ。
親族はもっと枝を広げた大きな松の下に椅子を並べての撮影だった。
今あらためて眺めると二十名ほどのなかで小学2年生くらいだった夫の甥っ子と私だになってしまった。
結婚式の写真などは取り出して眺める事はあまりないから家族のと一緒に寝室の壁に掛けている。

普段はチラッと視野に入るだけだが今日は記念日だから沁みじみと見てこんな若い時も有ったな なんて。

さっきまでテレビで観ていた大学駅伝の選手の若さが眩しく羨ましかった。

嬉しかった日2012/11/05

CG模索中
「朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。」

2年ぶりの友達が訪ねて来てくれた。
「お弁当とお茶菓子を買って来て」
と厚かましくお願いして、戴きながら散々お喋りして気が付いたらもう暗くなりかけている。
楽しかったなぁ。
若い活気と知識ををイッパイ貰った。 

昨日は結婚記念日のことを書いたら義姉と話がしたくなって電話で昔の想い出を。
私より1年前に兄と結婚した彼女は確か出産間近かで披露宴の親族の写真にはいない。
「貴女とこは11月3日だったよね」
「違うわよ。 11月14日よ」
義姉とはいっても同い年だから友達言葉だ。
昨日書いたのは記憶違いだったみたい。
「あの時、係の人は貴女が結婚相手だと思い込んでたんよ」
「ええ 初耳 貴女は可愛かったものね」
姉から借りた訪問着でお洒落して回廊で写真屋さんにお見合い写真撮って貰ったことを思いだした。
兄の思い出話は彼が如何に我が侭だったかの話が主だ。
兄の方が夢中になった恋愛結婚だったのに。
昔の家族の思い出話が出来るのは彼女だけになってしまった。

それぞれ違ったお喋りで元気を貰う。
その元気で今夜は何に取り組もうかな。