節分の想い出2011/02/03

鶴岡八幡宮の豆まき
我が家の洒落たカレンダーの何れにも今日が節分と記されていない。
だんだん居間から日本の伝統行事が忘れられて行くようで淋しい。
もっともスーパーに行けば半月前くらいから節分の風習を大きな音声で流していて関連の品を売ってはいるが。

昭和初期の住宅街では夜になると
「鬼は外 福はうち〜」
の男性の掛け声が方々から聞こえて来て、雨戸を開けて庭に向かって豆を撒いている情景が伝わって来た。
我が家でも節分の日は母とお手伝いさんが二間続きのお座敷の襖をはずして、畳を丁寧に拭き清めていた。
日が暮れて次の間に家族が座って待っていると、着物姿の父が丸いお盆を抱えて上の間に入場して、おもむろに
「福は〜 うちぃ〜」
と芝居がかって お盆の豆を子供の方に撒く。
煎った大豆だけじゃなくてミカンやキャラメルや他のお菓子もあって、子ども達は袋を持って待ち構え拾った。
私はまだ幼かったからお手伝いさんが一生懸命手伝ってくれた。
お手伝いさんと言っても高等小学校でたばかりのお姉さんだ。
どうして自分の分を取らないの? と後でムリに上げた覚えがある。 いつも可愛がってくれる大事なお姉さんだった。

お菓子を撒き終わった後は雨戸を1枚開けて暗い庭に向かって
「鬼は〜そとぉ」
と2〜3回撒いて終わりだった。
末っ子の私が小学2年くらいになるとこの行事も終ったように思う。

歳の数だけの炒り豆では物足りなかった昔が嘘のよう。
去年までは新しい風習の恵方巻きの丸かじりが楽しみだったが今年は食事制限で食べられないのが残念だ。

添付の写真は4年前、偶然鎌倉の八幡様にお参りして節分の行事に出くわした時に撮ったものです。
小袋に入ったお豆を私も拾いました。