阪神大震災から15年2010/01/17

緋色の記憶 鎮魂の思いをこめて

15年前の今日、揺れで目を覚ました。
あれが阪神間を襲った地震だったとは! 
すぐにニュースが刻々と大惨事の状況を伝え始めた。

阪神間は心の故郷、懐かしい思い出の詰まってるかの地で老後を過ごしたいな という願望があった。
阪神間に大地震が起こるなんて想像もせず、関東のほうが危ないと信じこんでいたのに。

兄一家やクラスメートの多くの安否も心配だった。
すぐに電話したが無論通じなかった。
駆けつける訳にもいかない。  テレビのニュースで心配するばかり、やっと兄から無事との連絡を受けたのは何日後だっただろう。
家も幸い潰れなかったと聞いて、思わず
「○○○○ハウスにして良かったね」と言い合った。
水道の復旧の見込みが立たないからポリタンクを送って欲しいと。
数個買って業者に持ち込んだが何時になったら送れるか解らないと言われ預けて帰った。
一月くらい経ってから電話で届いたお礼を受けたが、もうあまり役にたたなかったと思う。

クラスメートがご主人と一緒に寝室の上の二階部分の落下で亡くなったと聞いたときは本当に哀しかった。
教えて戴いた先生も亡くなられたと聞いて素敵だったお若いころのお顔を思い出し感無量だった。
嬉しかったのは親友の家が道路一つ隔てた所まで倒壊したが、奇跡的に無傷で残ったと聞いた時。

友人の話だと、近所同士も友達同士も情報を交換し合って食料や水を入手し、行列に並べば後の人のことを考えて別けあったという。
「お風呂は宝塚温泉がいいよ」なんて。
あれ以来関西のクラスメートは益々仲良くなったようだ。
今年は関西のクラス会に是非おいでよって誘われてるんだけど。

最後になったが1月17日は私にとって震災の犠牲になった○○ちゃんや素敵だった先生、多くの方々の冥福を祈り偲ぶ日です。