漱石の「草枕」2010/01/16

山路を独り行く

整形医院の待合室で読もうと岩波文庫の「草枕を」持参した。 書棚で目に付いたのと嵩張らないからという理由だけだった。
整形の待合室は何時も込んでいる。 ベンチに腰掛けて開くと有名な出だしが目に飛び込んできた。
 
《 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。 とかくにこの世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。 どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。 》

旧友に再会したような懐かしさがこみ上げた。
そして やっぱり凄い!と思った。

 父が漱石を敬愛していたので我が家には部厚い漱石全集が揃っていた。 小学生のころから客間の座敷に寝転がって読みふけった。
「坊ちゃん」「坑夫」「吾輩は猫である」「こころ」ぐらいまでは興味もって読んだが、あとはもうひとつ理解できないというか面白くなかった。
女学生になってからは小説より「書簡集」や「倫敦塔」「硝子戸の中」「夢十夜」などに惹かれたがどこまで解っていただろうか。

この「草枕」を懐かしいと言ったが、覚えていたのはさきに書いたところまでで後は綺麗に忘れていた。 なさけない。
新鮮な感じで読み進むうちに主人公の画工の気持ちがよく解るというか同感なのだ。
漱石がこれを書いたのは40歳ごろだろう。 私はこの歳になってそういう心境になったというのに。
だがこの主人公(=漱石の心情)にはまだ迷いも窺える。
漱石が80歳台になった時の心境を知りたかったな。

読む年齢で受け取るものは大きな違いが有ると思った。

最後に重松泰雄氏の解説で心に残った言葉
『主人公の行動や理論の悠長さとは裏はらにこれはどこを切っても漱石の熱い血が噴き出す体の作品なのだ』