昭和に生まれて(13)2020/09/09

(小学3年生の頃)
小学3年生の時のクラスの記念写真を眺めると、イロイロのことが思い出される。

真ん中のN先生は、2年生3年生の2年間を受け持って下さった。
女の子にはとても優しかったが、予備軍人でいらしたせいか男子生徒には厳しかった。

担任になられた初日に、男子は丸刈りにするようにと〜
そのころは、まだ坊ちゃん刈りが主流だったけれど、先生の命令には逆らえない。
翌日には皆、青々とした丸刈りで、日焼けしてないヒタイの白さが目立ってチョット気の毒だった。

その頃の私って鉄棒、雲梯、逆立ちなどが得意で男の子とばかり遊んでいたら、先生が母にバレーを習えばって勧めて下さったらしい。

あの時代はまだ平和で、阪神間はお稽古ごとが盛んで塾も多かった。
母は喜んで〜 私は仕方なくって感じ。
海員会館や、公会堂での発表会も照れくさかった。

やがて戦時下の時代になり、その時はもう女学生になっていたが、先生が出征されると知らされて、母校に行き大きな日章旗に名前を書いた。
もう、かつての教え子の署名で埋まってた。

運動場での壮行会に大勢の教え子と父兄が集まり、壇上の先生は颯爽と「男子の本懐!」と。
一緒に招集されたもうお一人の方は、少しショボンと見えて、後ろの婦人会の方の「新婚早々でお可哀そう」囁きが〜

その後、新聞にも小隊長としてのご活躍が報じられたが、間もなく戦死された公報が。
真っ先に進撃されてとの記事も報じられたが、可愛かった坊ちゃんと奥様の姿が目に浮かんだ。

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小学校の屋上で撮った小学3年生の時の写真を見ながら、先生のことばかり書いてしまいました。

小学校は町立で、戦前は階級差も酷かったけれどイジメとかは聞かなかったし、楽しい思い出ばかりです。
ただ 可愛がって下さった担任の先生のことは戦争の記憶と結びついて忘れられません。
当時の先生は、軍帽のせい?で禿げてられたけれど。28歳と伺ってました。

あ 写真の女子の2列目、先生の向かって右隣が私です。