嬉しい想い出2020/08/03

今日は、私にとって忘れられない記念日。
初めて母親になった日だ。

まだ戦後の貧しさから抜けきれてなかったが、若いって無謀なもので、前の家を処分して宝塚の近くに土地を求めて移り住んだばかりだった。
夫の通勤が遠くて大変だったのが一番の要因。

敷地が広くて、前が川なのも嬉しかった。
ただ、住宅規制の厳しい時代で住宅の面積は16坪〜と。
赤い洋瓦に白いモルタルの壁って、二人で知恵を絞ったのが懐かしい。

広めの洋間に、ベッドルーム。
玄関脇に4畳半の和室をつけただけで、もう規制スレスレだった。
資金も底をつき、洋間の家具は夫の手作り。
ベッドは進駐軍の払い下げを〜

まったくぅ 今の方々には想像して貰えないと思う。

添付写真は、大昔の小さな写真が残ってて、懐かしくいろいろ思い出に耽りました。
話し合う相棒がイナイのが淋しいです。

懐かしい電話を2020/08/05

TVのニュースを観てると、怖くて外出は憚られて蟄居生活の続きだ。
梅雨が明けたら、公園への散歩を日課にしょうなんて考えてたけど実行出来ないでいる。
ま 今のうちにと始めたシュウカツが、未だ当分掛かりそう。

でも 夕方に思いがけない旧友からの電話が嬉しかった。
関西の女学校のときの親友から。
彼女も半年ほど前に、シニアハウスに入居して
「食事も美味しいし、職員の方々が良くして下さる」
って喜んでいて、同じクラスメイトを誘った話しは聞いていた。

今、その友達が部屋に遊びに来てるからって。
その友達と電話を替わってくれた。
何十年振りかのクラスメイトの声が懐かしい。

若い時に夫の転勤で関東に移住したから、クラス会にも出られず彼女と話すのは何十年振りだろう。
声だけだから直ぐに昔に戻れる。

私の昔のこともよく覚えてくれてて〜いろいろと。

嬉しい日になりました。

添付絵は、まだ何も描けなくて昔の画集からです。
随分以前に、先生を見習って一日一枚を目ざしてた頃の小さなスケッチブックから〜
また始めようかな。

広島原爆の日2020/08/06

「被爆75年〜」
朝刊の新聞の見出しの文字に、解ってはいたのに遠い昔に思えて、そんな自分が情けなかった。
間に合わなかったが、独り黙祷する。

そのあと、自分のブログを見直したら、3年前まではチャンと書いているのに恥ずかしい。
そのなかの、10年前のブログの引用です。

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「原爆投下の日から65年」  2010/08/06

今年も8月6日がまた巡って来た。人類歴史上初めての原爆投下、あれから65年が経った。

毎年テレビの前で黙祷を捧げる。 8時15分だ。
あのニュースを聞いたときのこと、戦争が終わってから知った惨状と苦しみが迫ってきて息苦しい。

眼を開ければ参列している方々のお顔が暑い日射しのなかに見え、熱中症の心配をついしてしまう。
一瞬に現実に戻ってしまう自分に65年の歳月の長さを思った。

この日の夕方には疎開先の農村でも、
「広島に新型爆弾が落とされて全滅やて」 
という噂があちこちで囁かれ村中に広がった。

新聞にどう報道されていたか記憶がないが、
朝日新聞「世相75年」には終戦後
「原子爆弾 ウラン原子核の分裂 最少量で火薬二萬噸に匹敵」という解説記事が載っている。

当時は、もうお先き真っ暗、政府にいかに鼓舞されても絶望感で皆が疲れきっていた。

母が親しくしていた知人のお父さんが縁者を気遣って何とか切符を手に入れて広島の町を捜し歩いたが徒労だったと聞いた。
数年後、原因不明の病で亡くなられたとき、周囲は原爆のせいだと思ったが、きっと被爆者の数には入ってないだのろう。

夫が定年になり、二人で旅行したなかに 広島も入っている。
私はどうしても平和記念公園にお参りしたくて、渋る夫を説き伏せ早朝ホテルから歩いて行った。
初老の男性が独りだけでお参りしていた姿が印象的だった。

夫の思い出すのが辛い気持ちは解っていた。
戦争中の成年と未成年、積極的に参加した男性と間接的だった女性の感覚の差は大きい。

今朝の式典の中継を見ながら、行って体感してて良かったと沁みじみ思った。 
哀しみがあの時の風景とともに身体の中を通り過ぎてゆく。

(添付絵は2013年のブログに添付した小さなスケッチです)

長崎原爆の日2020/08/09

今日は長崎原爆の日、TVで「平和記念式典」を観ながら独り黙祷する。
自分でも思いがけなく瞼の裏に涙が滲んで、ああ 歳のせいかなと〜
75年前の日本の追い詰められた、惨状と哀しみが蘇える。

当時のことを、大人の体験として語り合える方達は少なくなった。
夫の定年後にアチコチに旅行したのに、九州だけは行く機会が無かったのが残念。

長崎には行きたかったし、女専の寮では熊本、鹿児島の方々も多かったのに〜。
平和記念像も傍に行って観たかった。

あの暗く辛かった夏から、75年が経ったのかと感慨ひとしおでした。

被爆されて亡くなられた方々、白木の箱で無言の帰宅された若いかたがたのことを思い出して、ただただ世界の平和を願うのみです。

もう一息2020/08/10

今日も、終活を兼ねての書類整理に明け暮れた。
思いあぐねると、iiPadでゲームして息抜きするから、なかなか捗らない。
ま 今週中には何とかしよう。

8月には、子どもの頃の楽しかった夏休みの思い出と、戦時中の重苦しい情景がダブっている。
忘れないうちに「昭和にうまれて」の続きも書いて置きたい。

このところ、読書からも遠ざかってる。
はやく片付けにもキリをつけて、読書三昧に〜
老後の夢だったのだもの。

添付写真は、窓から眺めた今日の夕空。
なかなか外出できないけれど、毎日変わる夕景色を眺めるのが楽しみです。