懐かしい本2017/04/17

珍しく予定のない日。

先日、Eテレの「100分de名著」で懐かしい 三木清の「人生論ノート」を観て、読み返そうと書棚を捜したが見付からなかった。

代わりに奥の方に西田幾多郎の「善の研究」が。
70年前にタイムスリップしたような懐かしさがこみ上げる。

終戦後暫くしての京都には学生が溢れかえっていた。
授業は再開したものの戸惑う事ばかり。
何に指針を求めれば良いか判らず、哲学書に頼る。

「善の研究」を買うために古書店には学生の長い行列が出来たものだ。
その頃、大学の哲学科を目指す若者が身じかにも多く居たが父親に、それで飯が喰えるか と一蹴されていた。

京都は他所の学生とも研究会などで知り合う機会が多かったから、よく理解してないのに青臭い議論をよくしたな。
恋愛感情なんて私は勿論、誰も持っていなかったし興味もなかった。

今日見付けた「善の研究」は夫の遺品だ。
工学部だった彼も一応讀んだのだなと、ページをめくると傍線や書き込みが至る所に有って、勉強家だった彼らしい。

結婚して以来は、モッパラ技術的なことや、後年はパソコン関係の話ばかりだったのに。

今、讀むのはチョット荷が重いけれどパラパラめくれば思い出すことも有るかも。
それより懐かしさでイッパイでした。