姉への想い2015/03/19

姉の絵
3月19日は姉の誕生日。
昔はお誕生日を華やかに祝うことはなかったのに何故か毎年この日は姉のことを思い出す。
何回か想い出をブログに書いているから出し尽くした感が有るが、細かい情景が映画のように思い出されるものだ。

きょうだいって微妙な関係だ。
早生まれの姉とは学年では6年上だ。
兄とは3歳離れていた。
子どもの頃のこの年齢の差は大きい。

興味の対象が違うから一緒に遊んだのはお正月の百人一首くらいだ。
直接教えて貰うことは皆無だったが、友達がいっぱいいた姉が女学校の様子を母に楽しそうに話すのを聞くのは好きだった。
彼女の幼なじみが宝塚に入ったお陰で幼い時から母と姉のお供をして宝塚に連れて行って貰えた。

彼女が油絵を習っていたから、父が美術全集や画集を購入して楽しめたし、美術展にもくっ付いて行けて恵まれていたなと今になって思う。

父が亡くなっても姉が母の心の支えになってくれてると私は安心してられた。
無論兄も義姉もいてくれたからだが。

つくづく末っ子のポジションて得なこと多いなとは中年になってからの感想だ。

お互い、一応子育て卒業してから電話で話し合うようになってみれば、趣味も考え方も似てて楽しくて彼女が亡くなるまで初めて姉妹らしい会話が弾むようになった。

一緒に兄を訪ね、育った阪神間の思いでの地や六甲山もドライブした。
間に合ってよかったなとつくづく想う。
亡くなって11年が経つ。

添付絵は私が結婚する時に母の希望で、私の為に麻布に油彩で描いてくれた鏡掛けの一部だ。
形見はこれ一枚しかない。

コメント

_ (未記入) ― 2015/03/19 16:19

 とても恵まれた時代をお過ごしでしたね。
 年の離れた姉兄は、親代わりでもありましたね。

 私の長姉も女学生のとき、街で買ったアイスキャンデーを妹たちに食べさせたいと、汽車で持ち帰り、家まで駆けて帰ったそうです。
 末妹の私が大学を出る時、スーツや靴も買ってくれ、長女であるが故に一族を担った生涯でした。

 いろいろ・・・あれこれ・・・浮かびますね。

_ らぴ ― 2015/03/19 17:03


素敵…いいなぁ
兄しかいなくってお姉さんって感覚を知りません

うふふ、末っ子って得なのは実感
兄は、今でも父兄ってポジションでいます
幾つなんでしょっ(笑う)

_ JIJI ― 2015/03/19 19:42

お姉さんの誕生日。11年たっても忘れられない…そういうものですよね。
そしてきれいな絵ですね、しかもモダンな感じで。絵はがきであったら私買っていると思います。

あと、我が家の娘たちも三歳違いです。三人姉妹を見ていると、微妙な関係だなあとつくづく思います。
二歳違いの弟しかいなかった私にはすごく新鮮かつ悩ましいことの連続です。
あまりにすさまじく、ややこしいケンカが多いので、大人になって仲良くしてくれることを願ってます笑

もうすぐお彼岸ですね。こちら彼岸荒れという言葉がありまして、お彼岸の頃は吹雪が多いです。
彼岸の方々が忘れるなと言ってるのかもなーんてママ友達が言っていました。
でも。おねがいだからもう雪は勘弁してくださいと思っています

_ 千絵 ― 2015/03/19 21:28

素敵な絵ですね。
雰囲気が明るくて、レトロな感じだけどモダンで、
爽やかな潮風が吹いているようですね。

_ 美海 ― 2015/03/19 22:51

戦時中に比べればまだ恵まれた時代だったと想います。
ただ我が家は父の方針だったのか個人主義でしたので下の子の面倒を見る習慣はなかったみたい。
各自の世界を楽しんでました。
ちょっと変っていたのかも。

妹さん思いのお姉さまでお幸せですね!
きっと可愛い妹さんでもあったのでしょうと想像します〜♪
私も大人になってからの姉兄は想い出を共有する掛け替えのない親しい存在でした。

_ 美海 ― 2015/03/19 23:03

らぴさん
うふふ まったく末っ子って責任なくて得だなぁって思っていました(^^;)
お手本が居るから処世術も何となく身に付いたりして。
長男の兄夫婦は母の面倒を最後までよく看てくれて感謝しました。

_ 美海 ― 2015/03/19 23:26

JIJIさん
べったりの姉妹じゃなかったのに何となく思い出されるものですね。
社交家でモダンで性格も私と正反対の人でしたから子どもの頃は殆ど話すことはなかったけれど内心尊敬してました。

お嬢さんがた、3人姉妹って小説になりそう!
ケンカなされる程仲良しでいらっしゃるのでしょう!
微笑ましく思うのは責任のない外野だからかな(^^)
でも大人になられたら絶対お互い掛け替えのない存在になられると思います!

まだ雪ですかぁ! 大変ですね。
こちらは昨日今日スッカリ春の陽気で暖かくなり過ぎて戸惑っています。

_ 美海 ― 2015/03/19 23:33

千絵 さんにホメて戴くと嬉しいです!
65年前に姉が描いてくれた絵、
古びましたが大切な想い出の品になりました。

_ みーみ ― 2015/03/20 00:01

美海さんこんばんは(^_^)mー
お姉さんへの思い 大切にされてますね(^_^)
大人になると歳の差も関係なくおつき合いができますね
今日は仲間(55〜88歳)と エンデングノートの書き方?の勉強会をしました。賑やかにあーだこーだと話がはずみましたv(^_^v)♪

_ Joan ― 2015/03/20 01:25

美海さんのご家族って、なんか朝の連ドラに出てきそうに素敵ですね!主人公はもちろん美海さん!

姉妹って、大人になってから話相手になっていいらしいですね。母がよく言ってます。私には兄弟しかいないので可哀想だと。(男の)兄弟には兄弟なりの良さがあって、私が困った時に随分世話になり、改めて存在の有難さを実感しましたけど。普段の会話や世間話、思い出話はあまりしないかも。

せいぜい友達と親密にしておこうと思います。

_ やよい ― 2015/03/20 02:04

うふふ、私も末っ子を満喫してる一人ですぅ。

年齢に関係なく、というより、子ども達が独立して、お互い自分の健康を気遣う歳になった今の方が、姉の存在は有難く、大事で、熊本と奈良で離れていますが、いつも電話で話しています。

美海さんのお姉様も絵を描かれておられたのですね。やはり美海さんは、血筋も、環境も、あるべくして今があるのですね!

私も、姉が元気なうちに、又、宝塚を観に行きたいと思っています。姉は、未だに、宝塚が元気の源なので。

_ 美海 ― 2015/03/21 15:22

みーみさんこんばんは(^_^)
子どもの頃は歳の差であまり親しくなかったのに大人になって特に晩年は親しくよくお喋りしました!
エンデングノートって有る程度若い時のほうが好いのでしょうね(ーー;)
我々くらいになると必要性が差し迫っててあまり触れたくないけど書いて置かなくてはと(^^;)

_ 美海 ― 2015/03/21 15:29

Joanさん
いやぁ 私は存在感のないお添え物でしたぁ(^^;)
夫々独立すると兄とは想い出話など皆無、姉と兄嫁と私の女同士で仲良くお喋りしてました。
今は女友達の存在が大きいですね。

_ 美海 ― 2015/03/21 15:43

やよいさん
ほんと 末っ子っていいポジションですよね(^^)
大人になって振り返って気が付きました。

お姉さまご健在でお幸せですね。
宝塚、大好きだった世代でいらっしゃるのかしら。
私も宝塚に憧れ親しんで育ち、神戸のクラスメートなどは未だに毎月、クラス会を兼ねて行ってるようです。

絵は幼い時から姉が本格的に習っていたので私はその影響受けたみたいですが好きなだけです(^^;)

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