末っ子2010/01/28


昭和初期には子どもの数が多かった。
小学校の友達も5~6人兄弟姉妹がいるのが普通で、私のような3人は少ないほう、まして一人っ子は珍しかった。
子どもの頃は末っ子って損だなあと時々思い、ちょっと一人っ子を羨ましく思ったこともある。

5歳上の姉は派手な存在で明るく母の自慢だったし、兄は男の子というだけで父に期待され特別扱いだった。
ちょっと離れて生まれた私は手のかからない寝てばかりの目立たない子だったそうだ。

我が家は平等を建前にしていたから「お姉さんだから我慢しなさい」「お兄ちゃんでしょ」なんて言葉は聞いたことがないし、私も年で差別されるのは不当だと思っていた。
だが年齢による能力の差は仕方がない。 ゲームをしても、相撲をしても負けてばかりだ。
面白くないから一人で本を読む癖がついた。

女学校4年くらいの時に姉が結婚をして家を出、すぐに兄が遠くの高校の寮に入って私一人が家に残った。
急に家の中ががらんとして淋しくなったが待望の一人っ子になった喜びも有った。
一番広い部屋に姉と兄と私の勉強机ををコの字に並べ真ん中にでんと座り、全部自分一人で使えるぞ! と喜んでみたのも束の間で、空しさのほうがこみあげてきた。
その1年後に私も寮生活するために家を出た。
きょうだいが一緒に暮らす期間なんて短いものだ。

大人になってから考えると末っ子で一番得したと思うようになった。
子どもの時から注目されない分、自由に気楽に好きなことをしてきたし、大人になってからは、姉が母の支えになってたし、兄は父が早世したから家の責任を負ってくれていた。
末っ子の私が好きなように人生を歩めたのは姉、兄がいてくれたからだと感謝している。 子どもの頃の思い出話をしたりして矢張りきょうだいがいて良かったと思ったのに数年前に二人とも逝ってしまった。