小学校今昔2009/12/11

メルヘンチックな校舎
今の小学校を見て、暖房はどうなってるのかしらなどと考える。
トイレは無論、水洗、洋式なのでしょうね。
給食だからメニューがいろいろあって皆一緒で楽しそう。
今でも掃除当番てあるのかしら。 情報過小ではある。

昭和初期に私が通った小学校は当時としては鉄筋コンクリートの立派な建物で厳めしかった。
暖房は12月頃、教室に石炭ストーブが設置され、朝、小使いの小父さんが火をおこして回る。 クラスでは石炭当番が黒い石炭バケツを提げて小使い室に石炭を貰いに行き、時々ストーブの小さな焚き口を開いてスコップで補充した。 火傷しそうになりながらも楽しい作業だった。

お昼は家から持参したお弁当。 白いアルミニウムの長方形の弁当箱で蓋には桜などの模様が浮き彫りになって、斜めにアルミニウム製の細いお箸が納まるように凹んで蓋がついていた。
(黄色ぽいアルマイトのお弁当箱、ゴムのパッキングがついたおかず入れが登場するのは高学年になってから。)
授業が始まる前に小使いさんが棚付きの車を押してきてお弁当を集めてまわる。
どういう装置だったのか知らないが、湯気のたったところに車事入れていたようだ。
午前の授業が終わると小使いさんが湯気のたった車を押して来て子ども達は群がって自分のお弁当を捜した。
煮物や沢庵などのにおいがむうと立ちこめたのを思いだす。
お茶は当番が熱いお茶の入った大きな薬缶をこれも小使い室から貰って来て皆のお弁当箱の蓋に注いでまわった。

その頃のお弁当はご飯の上に海苔が一面に乗ってて端っこのほうにタラコか鮭、昨夜の残りの煮物くらい、今から見れば質素だが結構美味しかった。

 なんだかいろんなことを思いだしたので(続く)